気概の精神
鮮明に記憶している小説のセリフがある。「お上の事には間違はございますまいから」。1915年に発表された森鴎外の「最後の一句」の娘いちの言葉である。中学校の教材として学んだものと思う。 話のあらすじはこうである。船乗り業の主人太郎兵衛は、知人の不正を被る形で死罪とされてしまった。悲嘆にくれる家族の中で、長女のいちは父の無罪を信じ、奉行佐々又四郎に助命の願書を出し、父の代わりに自身と兄弟たちを死罪にするよう、単身申し立てる。16歳の娘の大胆な行為に背後関係を疑った奉行は、女房と子供たち4人を白洲に呼び寄せ、責め道具を並べ立てた上で白状させようとする。 白州で、いちは祖母から事情を聞き父の無罪を確信したこと、自身を殺して父を助けてほしいことを理路整然と訴える。佐々が拷問をほのめかして「お前の願いを聞いて父を許せば、お前たちは殺される。父の顔を見なくなるがよいか」との問いに、いちは冷静に「よろしゅうございます」と答える。そして「お上の事には間違はございますまいから」と付け加える。この反抗の念を込めたと思われる娘の最後の一句は役人たちを驚かせるが、同時に娘の孝心にも感じ入ることになる。そして太郎...