孫たちが10日間ほど遊びに来てテンヤワンヤではあったが、毎日のように成長していく姿を見るにつけ微笑ましく、先人が「子宝」と大切にしてきた気持ちに改めて共感している。先日は5歳児が保育園の送迎バスに炎天下9時間取り残され、死亡するという信じられない事件が起こった。テレビでは祖母が泣き崩れる姿が映し出されたが、両親はもとよりご親族の心痛如何ばかりかと察するに余りある痛ましい事件である。普段から運転は園長単独で行い、園に着いた時にも保育士らは全員降りたかの確認を怠っているという。園内においても点呼いわゆる欠席かどうかの確認をしていなかったという。1~2時間内に少なくともこれら確認が行われれば、園児が熱中症で死亡することは防げたのではないかと考えると無念でならない。
折しも時まさにオリンピック真っ最中である。オリンピック開催に賛否両論あったが、毎日のメダルラッシュに歓声を上げ、ややお祭り騒ぎの様相に人流が減っているとはいいがたい。オリンピック開催に際してはコロナ(デルタ株)感染拡大が心配されたが、心配通り感染者数はうなぎ上りで緊急事態宣言の効力に明らかな黄色信号が灯っている。一方でオリンピックを中止していたらこれら感染拡大が防げたのかというとそういった確証も持てないところが、今般の新型コロナの厄介なところであろう。この機に乗じてか、いくつか芸能人の離婚が目立たぬように報じられている。その中で映画コメンテーターの有村昆とフリーアナウンサー丸岡いずみの協議離婚も報じられた。ふたりは2018年1月に代理母出産で長男(3)を授かったが、その親権は「不倫未遂」と報じられた有村が持つことになったという。ふたりは「子供はかけがえのない宝ですので、今後とも協力して子育てにあたっていく所存です」との声明を出している。また25歳差という年の差婚で話題となった篠原涼子・市村正親も離婚を発表し、中学1年生と小学校4年生ふたりの男児の親権は市村が持つと報じられた。
日本は先進国の中では数少ない単独親権の国である。父親が親権を持つ割合は約1割で、母親が親権を持つ割合が9割と圧倒的多数である(2015年度:父親1947件vs母親18416件)。日本の裁判官は基本的に「母親優先の原則」で判断する傾向があり、父親が親権を得ることはまれである。先進国の多くの国では共同親権と単独親権を選べるようになっていて、いわゆる「条件闘争」という名の交渉が成立しやすい。しかし、選択肢が単独親権だけとなる日本では「勝ち負けの争い」になってしまい、却って泥沼の法廷闘争に発展しやすい。日本の民法の考え方では共同親権にすると離婚後も夫婦の縁が切れずにトラブルが継続してしまうということが論拠らしいが、子供にとっては両方とも親であることに変わりはなく、親が再婚しようがその縁は切れるものではない。離婚後といえども両親と交流しながら成長することの方が望ましいと考える方が多数派なのではないだろうか。であるとするならば、日本の単独親権の考え方は大人の事情を優先し、子供の将来を犠牲にしているとも言える。
冒頭の孫たちが来ると、私は「じいじ」に変わるが、孫がいなくなれば「パパ」「親父」に戻る(最近は戻りにくくなっているか)。日本の親族の呼称は全て物心ついた子供目線を中心に置いて為されていく。元来日本は将来に無限の可能性を秘めた子供達を中心に置いて、社会規範を形成してきた民族ではないのか。にも拘わらず親同士の都合を優先して、共同親権に移行しないのは何故か。日ごろから「人権!人権!」と声高に叫ぶ法曹界の人々がなぜそういった動きを見せないのか不思議である(一部に活動を推進している弁護士がいることも承知はしているが)。将来のことを考えれば、夫婦別姓問題よりよっぽど重要な話である。日本人はいつから子供より自分を大切にするようになったのだろうか。
実子誘拐ビジネスという言葉がある。将棋の橋本八段は2019年7月18日に対局を終えて東京から、妻と生まれたばかりの息子がいる滋賀県の自宅に帰ったところ、妻が息子を連れて姿を消していたという。7月31日になって突然、弁護士から「慰謝料を支払え」などと記載された文書を一方的に送りつけられ、対局中もそのことで思考を奪われ、頭が働かずに38歳という若さで今春引退の道を選ばざるを得なくなってしまった。橋本八段は妻の「実子連れ去り事件」以降、2年間対等な条件での面会交渉も拒まれ、一度も息子に会えず、写真すらも見せてもらえる状態にないという。食欲も失せ、90キロあった体重は70キロまで減少した。2021年1月5日には裁判所から将棋連盟に差し押さえ請求が届き、連盟からもらっていた見舞金24万円/月の半分を取られるようになり、家賃も支払えなくなったという。実子の名前まで公表して裁判に臨む橋本八段のような人は稀だが、日本の離婚において片親と会えなくなる未成年者は年間15万人に及んでいるとみられる(2016年の日本の離婚件数は21万6798組。そのうち12万5946組が未成年の子がいる離婚件数であった。親が離婚した未成年の子は、21万8454人を数えた。東京国際大学の小田切紀子教授は、これらの子供のうち「3分の2は、もう連れ去られた側の親と会うことはない」と報告している)。
「母親優先の原則」が過度に適用されると、虚偽であってもDV証言が加われば男性の勝ち目はほぼなくなる。手を上げたことなど一度もないにもかかわらず、妻子に暴力を振るうといった母親の一方的な言い分ばかりが通る。そしてもう一つの原則「継続性の原則」が子どもの権利を侵す要因となっている現実がある。つまり片親が最初に子供を連れ去り、養育しているという事実があると、それを覆すということが甚だしく困難となっている。最初の「子供の連れ去り」行為は正当化され、連れ戻そうとしたもうひとりの片親は「誘拐」と認定されて逮捕されてしまうという状況がある。そしてDV偽装離婚をビジネスにしている「拉致弁」(拉致弁護士)の存在がある。拉致弁は「離婚したいんでしょ?」「親権を欲しいんでしょ?」「それなら、子供連れて逃げなさい」「先に連れ去れば無罪、連れ戻した方は逮捕される」とそそのかす。DV認定の定義は曖昧で、社会的に弱者になりがちな女性に有利な上に、拉致弁は「何か暴言を吐かれたことはない?」「夫婦喧嘩の中身を教えて」「それはモラハラだよ」と対立構造を見つけ出して商売をする。男性が先に女性を追い出して子供の親権を確保するケースもある。孫に会いたい一心の祖父母は、DV支援措置による戸籍の附表交付の道も閉ざされ、孫の居所を知ることさえできない。世の中セクハラ問題以降、ハラスメントの濫用し放題となってしまった感がある。
国内の拉致を放置している日本に対してEUは2020年7月に非難決議を採択している。EUから見れば、日本国内の実子拉致と北朝鮮の外国人拉致は同じレベルで語られているということを再認識すべきである。拉致弁の暗躍による連れ去り勝ちや、子供に「月100万円くれれば、5分会ってあげてもいいよ」などと言わせる脅迫まがいの行為がのさばることのないようにしっかりとした法整備を行うべきである。子供の利益や権利を最大限に尊重し、子供の意見を代弁する機関の設立も視野に入れて、日本の将来を背負う「子宝」が親のエゴによって輝きが失せることのないよう擁護することは喫緊の課題である。
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