ウクライナ侵攻~プーチンの蛮行~

政治学を志した者の端くれとして、今般のロシアのウクライナ侵攻に関して何等かの思いを書き記さなければならないと心底思う。言うまでもなく、これは現代の国際社会において許されざるべき蛮行である。「この軍事行動は、明らかにウクライナの主権及び領土の一体性を侵害し、武力の行使を禁ずる国際法の深刻な違反であり、国連憲章の重大な違反です。」と林外務大臣談話が外務省HPに掲載されている。
国連の無力さはこれまでも取り沙汰されてきたが、最大の問題は安全保障理事会常任理事国が第二次世界大戦の戦勝国のみ(厳密にいえば、戦勝国は中華民国であって、中華人民共和国ではない。中華人民共和国は1971年に21回目の国連加盟申請の投票で加盟が認められたが、中華人民共和国は国連に宛てた1972年9月29日付の書簡で、中華民国が批准した多国間条約を中華人民共和国が遵守する義務はないと主張している。それゆえ、中華民国から安全保障常任理事国の権利を引き継いだのではなく、横取りしたというのが実態である)で構成されていて、各国に拒否権が与えられていることである。つまり常任理事国の蛮行を国連の場では制御できないということが今般のロシアのウクライナ侵攻によって改めて証明されたということである。

ご承知のようにウクライナはソ連邦時代には農業、軍事、エネルギー面で連邦を支える重要な共和国であった。1991年のソ連邦崩壊により独立したウクライナは米露に次ぐ核兵器備蓄国であったため、1994年に米露英(のちに個別に仏中)によるブタペスト覚書によって核兵器廃棄(ロシアへの移転)と安全保障の裏書が行われた。この覚書にはウクライナの他、ベラルーシとカザフスタンの領土保全や軍事行使に対する安全保障が含まれている。なぜなら、各国ともソ連時代の核を保有していたからである。ベラルーシは言わずと知れたロシアの弟分。カザフスタンは今回ロシアからウクライナ侵攻への軍派遣を求められたらしいが、断ったと報じられている。

ウクライナは1994年にNATOとの間で「平和のためのパートナーシップ協定」に署名し、将来的なNATO加盟への道筋を開いたが、その後2010年に就任した親露派のヤヌコーヴィチ大統領によって非同盟主義への転換が図られた。2014年ウクライナの政変によってヤヌコーヴィチ政権が倒れると、その機に乗じてクリミア半島はロシアによって奪われることとなる。今思えば、この時に国際社会は断固たる対抗手段を講じるべきであったが、米オバマ大統領は事実上の黙認、北方領土問題を抱える日本は全く強硬な姿勢を示すことはなかった。

2019年に現大統領ゼレンスキーは親露派のポロシェンコや資産家の娘ティモシェンコを破って政権に就いた。ゼレンスキーはウクライナのEU即時加盟を昨日正式申請したが、長年に渡ってウクライナがEU加盟を認められなかったのは、ロシアとEU間の政治経済的綱引きのゆえである。その意味では、ブタペスト合意の裏書をした英米はロシアのウクライナ侵攻に対して、阻止すべき道義的責任を有している。国家間の約束は前の政権の遺物だから、現政権は関係ないとうそぶくのであれば、国際法を無視し武力行使して他国の権利を奪う専制国家と同等と言わざる負えない。NATO加盟国ではないから、ウクライナ問題に軍事介入はしないと早々に手の内を見せてしまったバイデン大統領の失策は目も当てられなかった。自国の軍隊をNATO非加盟国に派遣できないという理屈は様々な国内事情を抱える米国においてはわからなくもないが、ウクライナの火消しを早々に行わなければ、バルト三国などのNATO加盟国に火種が飛ぶことは予想できることである。民主主義国家の試練ではあるが、経済的ダメージを恐れてここで怯んではならない。ロシア以外にも隙あらば領土拡大せんと虎視眈々と野心を燃やす専制国家は存在しているからだ。国際連合と訳されているUnited Nationsはご存じのように「連合国」のことであり、戦勝国の枠組みに過ぎない。いまだに日独伊は敵国条項の対象であり、たとえばロシアも中国も日本に軍事侵攻する自由は憲章上許容されているのである。勿論、現実的には日米安保条約が抑止力になっているが、いつまでも他国の軍事基地をいただく国を独立国家と呼べるかは甚だ疑問と言わざるを得ない。

つい1週間前に中共は北京市内で在中国日本大使館員を拘束した。この職員は、何度もパスポートを提示し、外交官の身分を示していたにも関わらず、数時間にわたって10人程の当局者に事情聴取されたという。外交官の身体不可侵を定めた「外交関係に関するウィーン条約」に明白に違反しているが、中共は「中国で身分不相応な活動をしていたため、法に基づき調査、尋問した」と主張し、条約違反を知りながら国内法を優先している。国際社会の批判をよそに着々と実効支配を進めてきた南沙諸島における中国の領有権は2016年に国際仲裁裁判所の裁定によって否定されたが、中国で外交担当の国務委員を務めた戴秉国氏は「紙くずに過ぎない」と断じ、自国の意向に沿わない国際機関の裁定は無視する姿勢を明らかにしている。

ならず者国家が世の中に存在する限り、「戦争反対!軍隊反対!非核三原則堅持!世界平和!」と叫んでみたところで何の効力もないことが多くの国民に知れ渡る良い機会になったと信じたい。戦争の火ぶたが切られたウクライナに関しては、心ある国際社会がロシアに対するあらゆる経済制裁の手立てを講じて、武力による領土奪取が全く割に合わないと知らしめることが最優先である。と同時に日本においてはこのような惨劇が起こらないような自国を守る経済力・軍事力・憲法改正・法整備・集団的自衛権の確立・国民の気概を喚起する他山の石としたい。

(追記:ウィンター・オン・ファイヤー “ウクライナ、自由への闘い”(NETFLIX)を観た。2013年から2014年にかけてウクライナで起こった93日間に渡るマイダン革命のドキュメンタリーである。治安部隊とデモ隊との銃撃戦を含む交戦は125名の死者を出し、65名は行方不明という天安門や香港の民衆デモに匹敵する壮絶なものであったが、ほとんど知らなかった。ヤヌコーヴィチ大統領はロシアに逃亡し、反政府デモ隊が勝利を得たが、翌月ロシアによりクリミア半島は接収される。「我々は奴隷にはならない、どんな犠牲を払っても自由を守る」という強い意志が今のウクライナを支えている。2022年4月2日)

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