出処進退

宇宙飛行士の野口聡一さん(57)が6月1日付けで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職した。野口さんは1996年に宇宙飛行士候補者に選ばれ、これまで3回宇宙に滞在。2020~21年に国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した際の往復では、米国の新型民間宇宙船「クルードラゴン」に日本人として初めて搭乗した。ISS滞在時間は計335日17時間56分で日本人最長を記録した。退職の記者会見において野口さんは次世代に道を譲り、今後は研究機関などを中心に活動すると抱負を語った。

野口さんは立花隆氏の著書「宇宙からの帰還」に感化されて宇宙飛行士を目指したそうで、今後は宇宙体験や船外活動が人間の内面にどのような変化をもたらすかといった当事者本人が研究主体かつ研究対象となる「当事者研究」に本格的に参画し、宇宙飛行士としての新たな社会還元(障害者就労、アスリートの燃え尽き症候群対策など他分野への応用も視野)を模索しているとのことである。

たまたま目にしたHarvard Business Review2013年3月号にてThe Best-Performing CEOs in the World(世界のCEOベスト100)というランキングが載っていた。➀スティーブ・ジョブズ(米 Apple)、➁ジェフリー P.ペゾス(米 Amazon.com)、➂尹鍾龍(韓 サムスン電子)、➃ロジャー・アグネリ(ブラジル ヴァーレ)、➄ジョンC.マーティン(米 ギリアド・サイエンシズ)、➅鄭夢九(韓 現代自動車)、➆Y.C.デベシュワ–(印 ITC)、➇デイビッド・サイモン(米 サイモン・プロバティ・グループ)、➈マーガレットC.ホイットマン(米 eBay)、➉ジョン T.チェンバース(米 シスコシステムズ)。このランキングは「任期中の株主総利回り」と「任期中の時価総額の変化」を主な指標としており、判断材料として十分かどうかの議論はあろうが、日本人経営者が一人も入っていないことは誠に残念なことだと感じた。

東京証券取引所はこの4月に市場区分の見直しを行い、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つの新しい市場区分で再スタートした。しかしながらTOPIX500構成企業のうちPBR1倍未満(純資産>株式時価総額~つまり時価総額が解散価値を下回る)の企業が43%に上り、PBR 0.5~0.6が最頻値というお寒い状況である。ちなみに米国(S&P)は3%、欧州(STOXX)は20%と企業の価値創造という観点において圧倒的に日本は遅れを取っていると判断せざるをえない。

5年ほど前の記事であるが、日本の新CEOは「世界最高齢」の平均61歳で、世界平均の53歳と比較して飛び抜けて高いことがわかったと報じられている。ちなみに米国54歳、西欧53歳、中国51歳、ブラジル・ロシア・インド55歳であり、女性CEO比率も日本は他国に比べて1桁低い水準(ゼロコンマいくつのレベル)である。

日本電産(PBR 3.77)を創業して一代で売上高が2兆円規模の企業に急成長させた剛腕経営者の永守重信会長(77)は、日産自動車から招聘し自ら後継CEOに指名した関潤氏をCOOに降格させ、この4月にCEOに復帰し、こう語った「この4年間、後継者問題でいろいろガタガタしたというか、思うようにいかなかった」。

地方のメンズショップであった小郡商事をこれまた売上高2兆円規模に成長させたファーストリテイリング(ユニクロPBR 5.47)の柳井正会長(73)も後継者に玉塚元一氏を指名するも3年も持たずに2005年に社長復帰をしている。

ソフトバンク(PBR 0.85)孫正義会長兼社長(64)は自ら後継候補としてスカウトしたニケシュ・アローラ元副社長は2年弱で辞任し、その間に得た報酬は165億5600万円(2015年)+68億円(2016年)の退職金を支払っている。2018年にソフトバンクグループCOOに就任したマルセロ・クラウレ氏は2022年に退社したが、退任費用は45億6700万円で、将来的に支払われるインセンティブプランによる長期報酬は80億9200万円と見積られており、総額127億円と報じられている。この短期間の高額報酬は企業倫理として成立しているのであろうか。

経団連会長を務めたキヤノン(PBR 1.33)の御手洗冨士夫名誉会長(87)は2006年に会長就任をしているが、2012年に後任に据えた内田恒二社長を退任させて社長に復帰、2020年には同様に真栄田雅也社長に代わり3度目の社長に復帰して実質的には27年間経営権を握り続けている。

筆者は個々の企業について詳細を知る立場にはないが、人間は必ず死ぬ。例外なく死ぬ。企業は経営のバトンタッチをうまく行っていけば永続的に持続可能な組織体である。いくつになっても企業活動を通じて社会貢献することは素晴らしいことではあるが、一方で若手のチャレンジを阻害している面もあるのではないか。失われた30年と言われる日本の沈滞感を生んでいるのは、こうした昭和の妖怪も一役買っているのではないか。企業は社会の公器であって私物ではない、いわんや上場企業をやである。それを考えると野口さんの「次世代に道を譲る」勇退に心から拍手を送りたい。

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