米中対立の狭間で揺れる日本の行方

ほぼ3年前に「日本の立ち位置」というタイトルで埋没していく日本の姿をブログで書きました。http://www.ps-lab.com/blog/?p=830
今回はちょっと異なる観点から米中対立の狭間で日本はどう生き抜いていけばいいのか論じてみたいと思います。
アメリカのペロシ下院議長が8月3日台湾を訪問し、蔡英文総統と会談して台湾との連帯を強調しました。ペロシ議長は大統領権限を継承する順位が副大統領に次ぐ2位の要職で、アメリカの現職の下院議長が台湾を訪問するのは1997年のギングリッチ氏以来25年ぶりだそうですから、異例の訪台と言っていいでしょう。1997年当時のギングリッチ氏(共和党)は、アメリカが1979年に台湾と断交して以来、アメリカ下院議長として初めて台湾を訪れ、李登輝総統などと会談しました。ギングリッチ氏は「中国が武力によって台湾を統一しようとすれば、アメリカはあらゆる手段で台湾を防衛する」などと述べ、中国側は「内政干渉だ」として強く反発しています。25年前の再現ですから、25年間台湾をめぐる米中の対立の基本構造は変わっていないということです。今回もペロシ氏の訪台を阻止しようと、中国から事前の口撃や牽制がありましたが、それを跳ね返す形でペロシ氏は強行しました。

ペロシ氏は画面では若く見えるものの、御年82歳。バイデン大統領よりも3歳上の姉さん格です。民主党内では対中強硬派として知られ、特に中国の人権問題に対しては天安門事件、チベット動乱、新疆ウイグル自治区人権問題などに一貫して非難の矛先を向け、今年の北京冬季オリンピックにアメリカ政府関係者を送らない決定をリードした人物でもあります。一説には中間選挙で下院で共和党が優勢になれば、下院議長を降りなくてはならないので、No.3としての最後の政治家個人のアピールではないかといううがった見方もあります。しかしながら、良かれ悪しかれ米中の緊張を高めるということにつながりますから、これに対して、中国側も振り上げた拳を下ろすわけにはいかず、台湾を囲むように六ヶ所で軍事訓練を行う対応を見せています。いよいよ緊張が高まってきていることを感じます。

地球儀を俯瞰した地政学的に言えば、欧州とロシアの緊張は2月24日のロシアのウクライナ侵攻によってその糸が切れましたが、東アジアにおいては日米と中国の緊張が台湾を軸に高まりを見せているといいたいところですが、日本はいまだに傍観者という存在にしか見えません。北欧や東欧含め欧州各国の危機感に比べて日本は平和ボケに過ぎます。戦後の教育と洗脳によって自国に犠牲者が出ない限り、本当の危機感が感じられない国民にされてしまったのでしょうか? あるいは、犠牲者が出ても手を合わせて「平和」を唱えて神頼みする国民になってしまったのかもしれません。

中国は昨年11月の六中全会において、結党から100年間で3度目となる「歴史決議」を採択し、習近平総書記(国家主席)の権威を建国の父、毛沢東や改革開放を進めた鄧小平と同列まで高めました。今年秋の党大会で異例の習氏3期目続投は確実になったとされています。その2年前の2019年の四中全会では「香港に統治を強める決定」を行い、その後香港の一国二制度は事実上瓦解したのは皆さんよくご存じの通りです。アジアで経済的自由度の高いシンガポールは今や香港からのみならず、上海や台湾から富裕層を中心に移住者が急増しています。

昨年9月に米国インド太平洋軍前司令官のフィリップ・デービッドソン氏は、2027年までに中国が台湾武力侵攻の可能性があると公言して話題になりました。2027年は中国人民解放軍100周年の年に当たるとともに、習近平総書記3期目の5年目に当たります。習氏が中国共産党の歴史に名を遺す偉業として台湾統一を目指していることは内外いずれからも明らかです。これを為せば国父孫文の中華民国建国からの歴史的継続性が正当性を持ち、毛沢東、鄧小平に並び称される名誉を得ることに少なくとも国内からは異論が出ないでしょう。それを武力介入によって行うのか、台湾政府に親中政権を作り出し、併合という比較的民主的な方法を取るのか、今後の情勢を見ていかないとわかりませんが、習近平が3期目の後半にその偉業に対する挑戦を行うとは考えにくいでしょう。権力基盤が盤石な前半から中盤にかけて成し遂げたいと考えるでしょう。権力基盤が弱体化する後半より、前半の方が事を為しやすいからです。そう考えると台湾有事はこれから2~3年の話であって、それは平和的というよりは何らかの口実をこしらえて武力介入するというシナリオが可能性大でしょう。現状、ロシアが孤立化を深めていく道程を見て、習氏が考えあぐねてくれれば、全く準備が整っていない日本にとっては幸運なことです。

台湾有事は日本有事であると日本人への危機感を高めてくれたものの、志半ばで凶弾に倒れてしまった安倍元総理の遺志を受け継いで日本の体制を立て直すまでの時間として2~3年は余りにも短い。残念ながら全くと言っていいほど時間はないのです。今回のペロシ氏の訪台は人権問題を憂慮した勇猛果敢な行動とも解釈できますが、中国側の論理展開からすれば、アメリカが挑発行為をしたのであり、台湾武力衝突が起きたとしても、それはアメリカに原因があると押し付けることもできる口実に使えます。日本からすれば、日本が国防力を高める間に波風立たず体制や装備を整える重要な時間かせぎに影響を与えるのが米中双方の動きなのです。

アメリカは今年大事な中間選挙の年になります。その結果が国内政治のみならず外交にも大きな影響を与えます。共和党が上院下院いずれでも巻き返せば、政権と議会の間にねじれが生まれ、台湾有事への武力介入には一定のハードルが課されるでしょう。2024年になればバイデンに代わる新しい大統領が生まれるでしょう。それまで台湾有事を回避できるかどうか。もし、そこまで台湾有事を回避できたとしたら、日本ならではの知恵を使った最新の国防力増強が図られているべきでしょう。防衛費GDP比2%(つまり現状の倍増)は西側自由民主主義諸国及びアジア諸国へのコミットであり、G7諸国相当の負担を担って「武力による現状維持を阻止する」という宣言です。実際には国内に議論が多々あることはご承知の通りで一筋縄ではいきません。失礼ながら、来年度から防衛費をGDP比2%にするという英断が岸田首相に可能であると思えません。筆者も人口が減っていく中、日本の財政赤字を放っておいていいわけはないと思っていますが、それは日本が平時の状況にある場合であり、台湾有事は日本有事、つまり存亡の危機です。財源をどうしようというような官僚思考ではどうにもなりません。日米地位協定の実体から、全国各地に130か所ある米軍基地(そのうち81か所は米軍専用基地)が台湾有事に関わるということは避けようもありません。暴論を吐くようですが、有事法制の確立していない国の憲法に何が書いてあろうが、物理的に米軍の基地がある日本は有事には必ず自衛隊参戦という事態を迎えます。憲政史上最長の政権のトップの座にあった安倍元総理が生前「日本は経戦能力がないのです、弾がないのです。訓練にも弾を事欠いているのです」と退任後に語ったことは、日本は攻め込まれたらひとたまりもないことを認めた重大発言です。言うまでもなく内閣総理大臣は自衛隊の最高司令官であり、その地位にあった人が最大限の危機感を表した言葉なのです。今のウクライナの攻防を見れば明らかなように反ロシアの国々から防衛装備や弾薬の提供が続かなければ、ウクライナはロシアの当初の目論見通り1週間も持たなかったはずです。日本の現状はウクライナの侵攻前と酷似しているのです。

アメリカの本音は台湾の現状維持。中国の手前、従来の「1つの中国」政策は堅持するという立場を貫いています。中国の本音は台湾統一。歴史の出来事がいつどう転ぶにせよ、その時には日本は自国のことを自国民が決定できる独立国としてしっかりした立場を確立していなくてはなりません。日本は高度成長期、エコノミック・アニマルと誹られながら、アメリカに守られ経済発展を遂げ、結果として平和を保ってきました。経済力という基盤がなければ、外交力も国防力も持ちえません、憧憬もされません、他国に媚びへつらい自分の国のことを自分では決められなくなってしまいます。世界GDPのNo.1とNo.2がトゥキュディデスの罠よろしく今後数十年の対立構造に突っ込んでいく中、今はNo.3の立場にいる日本を両国とも自陣に引き込みたいと考えるでしょう。今は敗戦と片務的日米安全保障条約によりアメリカ自由民主主義陣営に身を置いていますが、若者の血を懸けてまでアメリカが日本を守るほどの魅力がなくなれば、どうぞと中国に差し出される日がくるかもしれません。2017年に習氏は当時の米大統領トランプ氏に「太平洋を米中で二分しよう」と真顔で提案していたことを忘れてはなりません。その日が来ないように日本は自助努力をしなければなりません。もし不幸にもその日がやって来たときに、日本は経済的にも国防的にも文化的にも独立を維持できる国と足りえているでしょうか。米中がかつての米ソのように拮抗する状態になったときに、日本は米中間のキャスティングボードを握れるような一目置かれる真の独立国になっているでしょうか。それともどこかの属国にひっそり棲む少数民族になっているのでしょうか。いずれにせよイソップ物語のコウモリのような卑屈な存在にはなりたくないものです。矜持を持ったサムライ日本よ、奮い立て!

(8月5日追記:この一日で台湾有事の時計の針は一気に進みました。中国のミサイルが日本のEEZ内に5発着弾しました。日中外相会談は2時間前に中国側から中止の申し入れがありました。エルブリッジ・コルビー元米国防副次官補は、日本は直ちに防衛費を現在の3倍程度に引き上げなければ中国の脅威に対抗できないと発言しました。力のないASEAN諸国は米中は自制をと願うしかない状況)

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