2023新たなる調達の視座

2022年の最大の事件は2月24日のロシアによるウクライナ侵攻でした。クリスマスや年末年始お構いなく両国の攻撃が続いています。2023年中に休戦に至るかどうかも不透明です。新型コロナウイルスによる混乱も丸三年経ち、100年前に比べて医療技術や感染予防は格段に進歩しているにも関わらず、グローバル化やWHOの指導力不足もあってか世界的パンデミックが落ち着くには3~4年は掛かるのだという改めての再認識がなされました。最近の中国のゼロコロナ対策の転換により、一気に世界へ広がりそうな陽性患者が新たな懸念材料となっています。
このような状況下、この三年間ほど、企業におけるサプライチェーンが脚光を浴びたことは過去ありません。調達部門に対してQCDのうち、QDは当たり前、Cの低減に注力してくれればいいという大方の認識は崩壊しました。もとより調達部門に属している方々はQDが当たり前とは思っていません。あるとすれば、高度成長期のJapan as No.1の時代を引きずってきた(引きずってこれた)企業や年代の人たちくらいなものでしょう。Cの低減では21世紀に入って中国が急速に台頭し、一世を風靡しました。中国のCは過去10年間の人件費高騰で上がる一方でしたが、中国のQは最新鋭の設備導入と日本からの経験豊富なシニア登用によって格段に向上しました。日本はというと旧設備を騙し騙し使いこなしてきた職人が去った後の日本の品質力低下は否めません。QDが当たり前ではなくなったのは日本においてバブル崩壊以降、明らかに顕在化してきていましたが、高度成長の夢に浸っていた人の中には日本の品質は世界一という固定観念がいまだにあるようです。露呈した脆弱なサプライチェーンは怪我の功名というべきものかもしれません。サプライチェーンの強靭化のために企業内において調達部門の意志が通りやすくなったと考えることもできます。調達におけるQCDの最適化巻き直しの良いチャンスとも言えましょう。

世の中の一方のトレンドとして、気候変動問題、人権DDなど調達部門にとって留意しなければならないことは増えてきました。ISO 26000「社会的責任に関する手引」を補完する形で、2017年11月に正式発行されたISO 20400「持続可能な調達に関する手引」では以下のような記述がなされています。
「企業が行う調達関連の意思決定は、エネルギー消費から、サプライヤーの従業員の生活の質まで、広範な影響を及ぼす。持続可能な調達とは、企業だけでなく社会や環境にも有益な調達活動のことである。サプライヤーが倫理的に行動しているか、購入する製品やサービスがサステナブルか、それを買うことが社会・経済・環境問題への対策に役立つかなどの判断を、購買の過程で行うことが求められるアカウンタビリティ、透明性、人権尊重、倫理行動といった持続可能な調達の原則を定義しており、調達ポリシーや戦略、プロセスにサステナビリティを組み込むためのガイドラインを提供する」

ISO 20400に先立つこと2015年には国連サミットで、2030年までに国連加盟国が達成すべきSustainable Development Goals (SDGs)が採択されました。Sustainable Developmentの定義は「Sustainable development has been defined as development that meets the needs of the present without compromising the ability of future generations to meet their own needs. つまり、「将来の世代を犠牲にしない」というコンセプトであり、民間企業を課題解決の主体として位置付けている点が大きな特徴です。

これらの世界の動きの原点を辿っていくと、1972年にローマクラブによって刊行された「成長の限界」に行きつきます。改めて本書を読み返してみました。天然資源は有限である。人口は幾何級数的に伸びている。このままでは食糧を含め天然資源は枯渇する。それのみならず、工業化による環境悪化や紛争による軍拡競争など具体的な問題も発生する。つまり人間環境の改善のためには世界的な協力が必要であると訴えているわけです。「成長の限界」に関しては疑義も含めまだまだたくさん論議したいことはありますが、紙面が尽きてしまうので、ここで一旦収めます。

確かに軍拡競争が進行しつつあるのは事実です。日本でも多くの国民が防衛費増額に対して肯定的な世論を形成しています。環境悪化はどうでしょうか?確かにこれも主に新興国において問題となっていますが、まったく手を打っていないわけではありません。公害対策や温室効果ガスの抑制に先進国主導で動きが急速にかかっています。代替フロンの開発によってオゾンホールが縮小したのは大きな成果です。再生可能エネルギーや省エネ、省資源も進めてきました。資源のリサイクルや都市鉱山開発といったサーキュレーション・エコノミーも前進しています。十分とは言えないまでも漁獲調整や、野菜工場、培養肉の開発など、食糧問題にも取り組んでいます。50年前に想定できなかった新しい技術や取り組みによって「持続可能性」を人間は模索し努力し続けているのです。

「成長の限界」の主旨を一言で表せば、「人口と資源の均衡を保つこと」です。人口予測は統計の中でも最も精度が高いと言われています。最新の予測値では2086年に104億人でピークアウトするだろうと言われています。世界人口はつい最近80億人を超えました。まだ60年以上も人類は増え続けるわけです。冒頭に述べたウクライナやコロナによって民主主義国家と権威主義国家の対立が鮮明化しました。COPの先進国と新興国の対立を見ても、なかなか世界共通の課題に各国が協力するといった状況はしばらくは期待できそうにありません。その意味では数十年単位の地政学的力学が今後さらに調達部門を翻弄することになろうと思います。ソ連崩壊を契機に拡がったグローバリズムのブロック化現象と、発展途上国の今後の成長によって資源は「需要>供給」の状態が常態化するでしょう。私が銅地金を扱っていた2000年代前半までの価格は40万円/トンがピークでした。2007年に80万円/トンを超えてビックリしました。今は3倍の120万円/トンです。様々な資源が同様の傾向を辿るでしょう。将来は買わない調達(企業内あるいは企業間リサイクル)が企業の競争力になっているかもしれません。

「成長の限界」第一回レポートを出したデニス・メドウズの主張には、技術革新が有ると石油は無尽蔵にある、成長の限界は無いと解釈できる部分があります。しかし、政治利用され、彼の主張は無視されてきた結果、人新世では成長は敵だと言わんばかりの論調も幅を利かせています。人は成長なしに生きていけるのでしょうか?ローマクラブでは2011年にこう述べて、人々のパラダイム転換を訴えています。➀豊かさは経済(GDP)ではなくQOLである。➁Efficiency(経済vs資源効率)からSufficiency(少ない資源消費で「足るを知る」)へ。量的成長から質的成長へ企業も調達部門も頭の切り替えを求められていくのでしょう。

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