ポスト・トゥルース(post-truth)

オックスフォード辞典によると、ポスト・トゥルース(post-truth)は「世論を形成する際に、客観的な事実よりも、むしろ感情や個人的信条へのアピールの方がより影響力があるような状況」と定義づけている。世の中、SNSの発達で根拠のないフェイクニュースが飛び交い、拡散し、あたかも真実のように流布されることが多くなった。頼みのジャーナリストは真実を追求するべく、取材を重ね、裏取りをして、責任ある記事を書いてほしいのだが、こちらも素人記者並みの輩が多く、ネットニュースなどは切り取り記事のオンパレードといった有様で嘆かざるを得ない。挙句は芸能人のTV発言をなぞって人目を引くタイトルを付けるのが関の山では世も末である。残念な時代になったものだ。私はかつてのブログで今話題の「放送法第4条」(高市vs小西)について論じたことがあるが、とどのつまり、➀公安及び善良な風俗を害しないこと、➁政治的に公平であること、➂報道は事実をまげないですること、を遵守して放送している放送局は皆無であると断じざるを得ない。今の状況を鑑みれば、そもそもこの放送法第4条は守ることができない法律であり、守っていないことを証明することは一番組レベルであれば可能であるが、放送局ごとそうであると断じることはそうできるものではない。法律に照らせば、総務省は放送免許剥奪も可能ではあるが、国権の濫用だと喚く輩が騒ぎ立てるのは火を見るよりも明らかである。アメリカの新聞やTV局は、それぞれかなり保守・リベラルの旗色を鮮明にしているが、日本のそれらはあたかも公正に報じていますよという仮面を被っているので、却ってタチが悪い。そもそもジャーナリストの役目は、権力の監視と真実の追求にあるはずだが、もっぱら前者にのみ力を注ぎ、特に大手メディアは商業主義に侵され、後者をすっかり忘れ去っている。

日本はスパイを取り締まる法律「スパイ防止法」がないため、スパイ天国だと言われる。スパイのイメージは秘密裏に敵や競争相手の情報を得る人のことと一般に認知されているが、それと同等に重要な役目は敵や競争相手と見なしている組織の活動を阻害・撹乱することである。特に戦火を交えんとする状況下であれば、ますます後者のウェイトは増していき、プロパガンダ(特定の思想、世論、意識、行動へ誘導する宣伝行為)の応酬となる。悲しいことにロシアのウクライナ侵攻は1年以上たっても、まったく終結のきざしが見えない。当事者以外にしてみれば、当事者双方が弱体化してくれることは漁夫の利を得るチャンスであり、また武器商人にとってみればこんなに嬉しい状況はない。一般人にしてみれば、早く戦争は止めてほしいと願うのが普通の人間の感情であろう。しかし、残念ながらまともな人間じゃない輩がこの結末を差配しようとしているのが現実である。

日本も戦争時には非常に優秀なスパイを擁していた。陸軍中野学校は、大日本帝国陸軍の情報機関の一つで、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や訓練を目的とした軍学校として世界有数のレベルにあった。ルバング島から29年ぶりに帰国した小野田寛郎や桃井かおりの父、桃井真などは陸軍中野学校の卒業生である。最終的には陸軍大将まで昇りつめた明石元二郎は、日露戦争時(当時は大佐)にロシア支配下にある国や地域の反ロシア運動を資金援助するなどして支援し、またロシア国内の反政府勢力と連絡を取ってロシアを内側から揺さぶる為の様々な工作活動を行った。そして、それがのちのロシア革命を駆り立てることとなったのである。

ウクライナに話を戻すと、昨日サンクトペテルブルクのカフェで爆発があり、ロシア人の女が拘束された。プーチン政権寄りの軍事ブロガーが死亡し、30人以上が負傷した。ロシア当局は「ウクライナ情報機関が計画したテロ行為」と非難し、ウクライナは事件とは無関係だという見解を示している。このような状況下で、どちらが正しいかは不明である。言い続けた方の言い分が「事実」として残り、言い続けるのをやめた方は「歴史事実」から消え去る。日韓問題しかり、日中問題しかり。戦時下にあって様々な残虐行為があったであろうことは想像できるが、事実に立脚せず、虚実皮膜の物語を世界に喧伝して、たかりゆすりを続ける姿勢は受け入れられるものではない。日本もしっかりした証拠をもって、「事実」を主張し続けなければならない。歴史では相手の言い分を風化させた方が勝ちなのである。「嘘も百回言えば真実となる」は、かつて、ナチス・ドイツの宣伝大臣であったヨーゼフ・ゲッベルスの有名なセリフである。さらに嘘の内容の規模が大きければ大きい程効果があるとされ、これらがプロパガンダに使われるのは常套手段である。現在も世界中で同じような事例がいくつも見受けられる。ポスト・トゥルースを作り出す連中は、まず目的ありき、事実かどうかは関係ない、感情に訴える手法を多用する。「世界平和」「戦争反対」「差別禁止」など、誰もが反対できないスローガンを高く掲げておきながら、実は別の目的で世論を誘導する連中に騙されてはいけない。声高に政策を訴えることにどのような意味があるのか? それによって誰が得をするのか? コロナ対策で使われた77兆円はどこへいったのか? 歴史を学ぶことは重要なことですが、多くの歴史が勝者の作った歴史であることも忘れてはならない。辻褄が合うのかどうか?自分の頭で考えてみることの必要性は強調しすぎることはない。

TVニュースを見ていると、強盗、戦争、対立、詐欺、いやになります。しかし、実際のデータを見てみると、過去数百年に渡って世界中の暴力は減少しています。繰り返し垂れ流される映像報道や情報によって、ひどい社会になっているような錯覚に囚われますが、ハンス・ロスリング教授のファクトフルネスのデータ等を見れば、以前よりは社会は良くなっていることがわかります。不安を掻き立てて利益を得ようとしている輩は皆さんの周辺でほくそ笑んでいるかもしれません。これから心穏やかによりよく生きるには、擦り倒して膨張した情報や溢れかえる情報とは意識的に距離をとって、客観的なデータに注目した方が良いように思います。

前回触れたChatGPTなどの生成系AIの危険性をイーロン・マスクが指摘していますが、彼はChatGPTを開発したOpen AIを支援していた一人です。どういう経緯で反論を打ち出したのか詳細はわかりませんが、意見の相違があったのは想像できます。確かにAIを活用して詐欺を行ったり、戦争に応用されたり、あるいは選挙に悪用されることもあるでしょう。いや、もう既に使われていると考える方が正しいかも知れません。個々人が無防備ではいられない時代です。

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