UNIVERSE 25 実験

1968年~1972年にかけてアメリカの動物行動学者ジョン B. カルフーンは「UNIVERSE 25」というネズミを使った実験を行った。この実験に選ばれたのは、4組8匹のネズミである。2.7m四方のスペースに高さ1.4mの側面を取り付け、快適に暮らせる256個の巣箱が用意された。垂直に伸びた16本のトンネルと4本の水平のトンネルによってネズミ達が自由に出入りできるように設計された。水も食料もふんだんに切れ目なく与えられ、ネズミにとって必要なものはすべて与えられたユートピアが作られた。それぞれの巣箱には最大15匹が生活できるように設計され、全体では3840匹のネズミがストレスなく生活できる空間が用意された。

実験施設に入れたネズミは、当初から新しい環境に慣れて縄張りを作り、巣作りを始め、104日後には初めて子ネズミが生まれた(フェーズA期間)。

ネズミの個体数はまさに鼠算のごとく55日ごとに倍になるペースで順調に増え続け315日目、個体数は620匹まで増えた(フェーズB期間)。

315日目以降になると、それまで自由に巣箱やえさ場を選んでいたネズミたちは、なぜか一か所に集まり始め、決まった巣箱で固まって生活するようになった。そして15匹/巣箱に設計されたにも関わらず、なぜか111匹がぎゅうぎゅうに詰まって暮らすという不自然なことが起き始めた。餌場も何カ所もあるのに、なぜか同じ時刻に、同じ餌場で、奪い合うように一斉にエサを食べるようになった。
ネズミにはテリトリーがあり、このような密集状態を避け、コミュニケーションをとりながら規律ある行動をすることが知られている。しかしなぜか、ネズミたちは2つのグループに分かれていった。集団として行動する3分の1のネズミと、テリトリーを持たず、他のネズミとのコミュニケーションを避けて繁殖行動もせずに無気力に過ごす3分の2のネズミである。彼らはネズミの社会ルールである決まった巣箱を持たず、床で寝るという奇妙な行動をし始めた。ニートネズミの誕生である。
ニートネズミはメスに相手にされず、集団行動を取るオス達に攻撃された。集団行動をするオス達はエサを独占し、エサを食べにくるニートネズミやメスを攻撃するようになった。
支配層とも見える攻撃ネズミ達は凶暴かつ貪欲、見境なく他のネズミを犯そうとした。メスたちは出産してもオスが守ってくれないため、自らも攻撃的になっていく。そして遂には子どもを守るどころか、子どもを攻撃して早い段階で巣から追い出し始めた。巣を追い出された子どものネズミは、攻撃ネズミ達から身を守るため、ニートネズミになるしかなくなった。そのような悪環境が続き、死産ではない出産は600日目が最後となった。3840匹収容可能と計算された空間であったが個体数は560日目をピークに2200匹で留まることとなった(フェーズC期間)。

これら育児放棄されたネズミたちが生殖能力をもつ親世代になったが、社会性を学ぶ機会がなかったために、縄張りづくりも交配も行わず、ただ食べて毛づくろいをするだけの完全な引きこもりになってしまった。発情しても、オスがメスに求愛し、メスが巣箱に招き入れるという求愛ルールがわからず、オスはメスの後をストーカーのようについて回り、未成熟のメスやオスに交尾を仕掛ける行動も見られるようになった。さらには育児放棄された子ネズミが食べられるなどの異常行動が多く観察された。
すべてのネズミがニートネズミになった時、暴力も争いも生殖行為もなく、ただ静かに彼らは生きていた。920日後、最後のオスが死んで「UNIVERSE 25」のネズミたちは1780日目に全滅するに至る(フェーズD期間)。カルフーンは他にも多くの同様の実験を行い、この実験は25回目に行われたものである。

この「UNIVERSE 25」実験が人類にも当てはまるのかどうかは意見の分かれるところであるが、いずれ人口が減少に向かうことは間違いないようである。
この実験結果と現代社会の共通点はいくつか挙げることができる。
(1)難民環境や無政府状態を除けば、一般的には人類に天敵がおらず食料も住居も潤沢という環境を享受している
(2)近代から現代に至る加速度的な人口増加のスピード
(3)社会における格差が拡大している
(4)コミュニケーションが欠落し、引きこもり現象が生まれている(孤独・孤体の増加)
(5)交尾の前の求愛ルールが行われない、オスがオスに交尾行動を取るなど、同性愛志向の増加(LGBTQ意識の高まり)
(6)いずれ個体数(人口)増加がストップする(人類は2086年がピークと予測されている)
(7)妊娠率低下、流産率の増加などによる高齢化の進行

イギリスの思想家トマス・モアは1516年にその著書「ユートピア」で理想的な社会を描いてみせた。しかし、その意図するところは「素晴らしく良い場所であるがどこにもない場所」と解かれている。トマス・モアの「ユートピア」には格差がない代わりに、人間の個性を否定した非人間的な管理社会の意味合いが強く、反社会主義・反共産主義の文脈で語られることが多い。

「UNIVERSE 25」が直喩する社会は、そういったイデオロギー論争を超えた生物の本質に迫るリアリティが感じられて背筋が寒くなる。とは言うものの、宇宙137億年、地球46億年、ホモ・サピエンス数十万年の歴史の長さからすれば、人間の寿命は100年そこそこ。自分の寿命を超えた日々のことを余計に心配しすぎても詮無いこと。たとえ人類が将来ディストピアに至るとしても、過去にも未来にもとらわれず今をただ精いっぱい生きること(而今)、そうしたことで一日でも先送りできるのではと考えることの方が、ひとりの人間としては健全な生き方のように思える。

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