スイスと日本は共通点が多いと言われます。資源が少なく石油を輸入に頼っている点、狭い国土で山が多い、工業製品を輸出して外貨を稼ぐ加工貿易。最近は円安に振れていますが、かつては円もスイスフランも強い通貨の代名詞でしたから、共に輸出価格競争力を奪われる中でグローバル競争を生き抜いてきたという点でも共通項があると言えると思います。
自然景観に恵まれた両国ですが、観光立国という視点で比較してみると、日本は2013年の統計で外国人観光者数が1000万人を超え、ランキングとしてスイスを追い抜いています。スイスの観光客はドイツを筆頭に隣国からが多いのですが、多分物価高もあって観光客は減ってきているようですが、最近は中国など新興国からの観光客を呼び寄せようと努力しています。しかしながら、人口を超える800万人もの観光客が訪れるという意味では日本と比べてもまだまだ先輩格の立派な観光大国と言えるでしょう。ちなみに訪日外国人御三家は韓国・中国・台湾で全体の半数以上を占めますから、日本の「おもてなし」や「Cool Manga Animation」に代表される素晴らしさをもっとアピールしていけば、まだまだ今後の成長余地はあると言えるでしょう。
経済的な視点から見ても両国は世界有数な経済大国と言えます。日本は2009年にGDPで中国に抜かれたとは言え、世界第三位です。スイスは一人あたりの名目GDPで世界第四位(スイスのUS$81,276に対して日本はUS$38,467で世界第24位)です。スイスはかつてドイツやフランスといった豊かな国に囲まれた貧しい山国で、産業と言えば牛を飼ってミルクを絞ってチーズを作るくらいしかありませんでした。中世になると他国の戦場で戦う傭兵が主な輸出品だったと言われます。そんなスイスがどのようにして経済大国になったのでしょう。
現代のスイスは、時計(スウォッチ、オメガ、ロレックスなど)、食品(ネスレ、リンツ)、エンジニアリング(ABB)、金融(クレディ・スイス、UBS、チューリッヒ・ファイナンシャル・サービス)、人材派遣(アデコ)、医療製薬(ロッシュ、ノバルティス)など世界的な企業を多数生み出している豊かな国になっています。そうした変化の原因は何かをスイス企業の歴史を素材に、スイス在住の米国人ジャーナリストR.J・ブライディングが「スイスの凄い競争力」という本を書きおろしています。実はまだ読んでいないのですが、書評を読む限りでは是非読みたい本の一冊です http://www.dhbr.net/articles/-/2993 。というのも以前に友人に勧められて読んだ「ブランド王国・スイスの秘密」(磯山友幸著)という本が頭の中に蘇ってきたからです。当時失われた20年に沈んでいた日本産業界がどのようにしたら再び成長軌道に乗れるのかという視点で読んだのがきっかけでしたが、読後には何か視界が晴れて元気をもらうことができたことを覚えています。
ブライディングは著書の中で、起業家精神を生む地形であることがひとつの理由だと述べています。スイスは多くの地域が孤立していて、固有の社会構造や特性を備え、教派も異なり、その結果として様々な地域で独自の製品が生み出され、さらにそれぞれが交易で結ばれてきた述べているようです。これは面白い視点で、このことは日本でも京都でユニークな会社が多く育っていることと無縁ではないように思えます。今や玉石混淆の情報に溢れ、学校のレポートはコピペ、学者先生の論文すら盗用発覚といったニュースを目にしますが、周りの情報に振り回されずに、地頭で考えに考え抜いて決断をしていく経営者の孤高さが世界に通じる製品・サービスを生んでいるのではないかと感じます。かつてのロームの創業者やサムスンの現会長なども庵で読書し沈思黙考し指示を出していました。色々な手法やアイデアをベンチマークやスパイ行為で入手しても、その底流に流れる魂の理念までは到底まねできるものではありませんから、これからのビジネス創造を考える上で重要な点であると私は思います。
さて、傭兵で外貨を稼ぐしか選択がなかったスイス人は、色々な国に傭兵として散った戦場で、時には敵味方として親兄弟が殺し合う羽目に陥ったこともあったと記録されています。貧しいがゆえの金の為に生じる悲劇。そんな悲劇から何とか脱出しなければという魂の叫び、阿鼻叫喚がスイスという小国で産業化が進んだひとつの動機づけなのではないかと磯山氏は示唆しています。宗教改革の拠点のひとつとしてプロテスタントが広がったスイスで、勤勉に労働に励む風土が培われたという点も、時代も宗教も違えど日本人の勤勉さに通じるところがあるように思います。
ここまではスイスと日本の共通項を述べてきましたが、日本の成長を考える上で、参考になるスイスのこれまでの取り組みを紹介したいと思います。スイスはヒト・モノ・カネを世界中から集めることに成功しています。まず相続税がありません。法人税や所得税も州によって違いますが、15~25%と日米よりずっと安いです。チャップリンやヘップバーン、イケア創業家、シューマッハ、ハイネケン一族、ダイアナと共に不幸な死を遂げたモハメド・アルファイドの一族などスイスに移住した有名人は多いです。スイスフランは金の保有率が高く通貨が強いので目減りしません。安い農産物はシャットアウトしているので、物価は高いものの、給料も高いです。安いものが買いたければ、国境を越えて安いものを買えばいいのです。
教育水準が高く、外国からの留学者が後を絶ちません。国会議員はほとんどが職業を持っていて兼業ですから、選挙で落ちるとタダの人といった日本とは違います。地元利益優先の衆愚政治に陥る可能性は日本より低いでしょう。優秀な人材を世界中から吸い寄せるために、グローバル経営が徹底しています。役員会は英語で行います。日本でも英語を社用公用語にする企業が出てきましたが、全員が一斉にやらなきゃいけないというのには私は異論があります。まずは経営会議からです。それから下に落としていくべきです。でないと現場での効率が明らかに下がります。自国語でできることまで英語でやる必要はさらさらありません。少子高齢化の先頭を走る日本は移民政策を緩和すべきか否か議論がなかなかまとまりませんが、明治維新を思い起こせば、優秀な外国人を招いて多くの産業を振興しました。このことは長崎あたりを旅行するとよくわかることです。
ブランド戦略も学ぶべきことが沢山あるように思います。多くの日本企業は社名=ブランドというところが多いです。日本でスウォッチというとファッショナブルな安い時計というイメージだと思いますが、ブレゲやハリー・ウィンストンなどのプレステージブランドを7つ、ロンジン・ラドーなどのハイレンジで3つ、ティソ・カルバンクラインなどのミドルレンジで6つ、スウォッチやフリックフラックの2つはベーシックレンジと位置づけられており、18のブランドを地域、市場、顧客に合わせて幅広く展開しています。日本の多くの場合はブランド名がひとつなのでTrade Mark的な意味合いしかなくなっているにも関わらず、ブランドの希薄化を恐れて、高級品から手頃な品まで幅広く展開しにくい状態を作っています。ですから高級品と標準品の間を景気動向に合わせて左右に行き来するような戦略になってしまいます。スウォッチをはじめルイ・ヴィトンでお馴染みのLVMHは数えきれないほどのブランドをM&Aによって保有しています。景気が良くなったら売れるブランド、景気が悪くても売れるブランドを持っていることで商品企画にも自由度が増し、景気の変動に左右されにくい企業体質(コングロマリット)を作っています。所謂ブランドポートフォリオという考え方です。それぞれのブランドがターゲットを明確にすることで、価格競争を回避している訳です。つまりブランドを大事にするということとブランド戦略は違うということを多くの日本企業は考えるべきだと思います。日本の居酒屋グループチェーンを見てみるとこのマルチブランド戦略を使って多くの種類の店舗を展開しています。高級料亭から気軽な居酒屋、イタリアン、焼き肉と顧客の嗜好の変化に対応し、あるいは変化を創りだして顧客の満足を得ようと日々戦略を巡らしています。
スイスに旅行されたことがあるひとは一度はスイスのアーミーナイフを買われたのではないかと推測しますが、このアーミーナイフにはスイスの国旗が付いています。スイスの国旗さえブランド化しているのです。精緻で高品質というスイス製品のイメージを国旗にも活躍してもらって植えつけているのです。日本もおもてなしや高品質という証に日本の国旗を製品につけたらどうでしょうか。冒頭の隣国からの観光客が商品を手に取ってMade In Chinaの表示を見てがっかりすることを考えれば、不発に終わっているアベノミクス第三の矢・成長戦略の切り札になりうるのではないかと実は密かに思っています。
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