3月3日、経済同友会の岡本(日本生命会長)財政・税制改革委員長は麻生(副総理)財務相に消費増税を骨子とした財政再建提言を行いました。新聞紙上では、①消費税率を2018年度から毎年1%ずつ上げて、最終的には17%にする。②社会保障費は毎年5000億円削減(2014年度で国庫負担が31.1兆円あり、毎年1兆円規模で増加しています)。具体策として、75歳以上の医療費負担を現行の1割から現役所得者並みの3割に上げる、受診時の100円定額負担、高所得者への公的年金等控除の縮小等、③財政健全化法の制定、複数年度予算の導入、独立財政機関の設置等とまとめられています。
年明け1月21日に発行されたこの提言の中身を見てみましょう。標題には「財政再建待ったなし~次世代にツケを残すな~」とあります。そしてこの提言は①ツケを将来世代に回すことなく、法的拘束力のある仕組みをつくる、②財政再建に向けての国民理解の促進、③放漫財政と改革先送りでは破滅的な未来を迎える、④社会保障を「中福祉低負担」から「中福祉中負担」へという4つのポイントを掲げています。
一般に国民の理解という意味で一番浸透しているのは、財務省が先頭に立って喧伝している、債務残高が1100兆円を超え国民一人当たり800万円以上の借金を背負っているという図式でしょう。戦後最初に赤字国債が発行されたのは、1965年東京オリンピックの反動不況の折です。その額は国家予算の100分の1にも満たない2590億円でしたが、その後歯止めなく毎年赤字国債を発行して、その累計債務はGDPの200%を超えるという先進国では類を見ないレベルに至りました。
そもそも財政法では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」(第4条)とあります。そこには但し書きがあって、「但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」と逃げ道がつくってあります。そして「前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない」とあります。 個々の国債についての償還計画は出されているのでしょうが、結果ここまで膨大な債務に至った総額の返済計画可能性には人口減少が明らかになるまでは頬被りをしてきたことになります。ちなみに第5条には「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない」とあります。実際、日銀の長期国債保有残高は、2013年3月末の91兆円が、現在ほぼ倍に増えています。全く法律とは なんといい加減なものなのかとため息が出ます。
消費増税に関しては、兎に角このままではいずれ財政破綻して、国債暴落、超円安からハイパーインフレ、国民生活は壊滅的になってしまう。ゆえに消費増税してまずはプライマリーバランスを均衡させなければならないというのが論旨です。プライマリーバランスとは基礎的財政収支のことで、言ってみればこれまで積み上がった借金は借金として横に置いておいて、一般会計において税収50兆円と、歳出のうち国債償還20兆円強を除いた70兆円のギャップ、約20兆円を歳入増と歳出減で何とかバランスさせましょうということです。
一見反論はない正論に聞こえますが、ここでいう基礎的財政収支とは一般会計のみのことであって、実質その2倍もある特別会計には言及していないという点を見逃してはなりません。特別会計はどうなっているかというと、規模順に国債整理基金、社会保障特別会計、地方交付税、財政投融資が占めます。ここの収支がどうもわかりません。一般会計は単年度予算なので収支がわかりやすいのですが、特別会計は繰越予算であり、さらに一般会計とのやりとりや重複があるので、収支がわかりにくい。というか私にはまだわかりません。社会保障特別会計で言えば、100兆円が医療・介護・生活保護・年金で支出されますが、そのうち60兆円は個人や企業の保険料で賄われます。30兆円は一般会計から、10兆円は地方税から賄われるといった具合です。
民主党が政権を取った時に期待された行政改革は大山鳴動ネズミ一匹でしたが、その折に言われた「霞が関の埋蔵金」というのが、この特別会計の積立余剰金です。結局埋蔵金は出てきませんでしたが、一体全体どれほどあるのか?ないのか?
これまで述べた会計予算が企業でいうところのP/L(損益計算書:倒産しないのがおかしいほどの大幅赤字)だとすると、国のB/S(貸借対照表:資産・負債の関係)はどうなっているのでしょうか。1100兆円の債務残高に対して債権は一体いくらあるのでしょうか。2012年度の財務省資料によると、資産が640兆円あるとされています。消費税増税反対派の論拠のひとつがこれです。つまり債務だけをことさら喧伝して財務省は消費増税が必要としているが、債務残高1100兆円から資産600兆円を引けば、500兆円ほどの純債務。GDP200%越えではなく、100%程度、よって財政危機という状況ではなく、消費大増税は不要であるという論旨です。
640兆円の中には、道路・治水・港湾などの公共財産が145兆円、地方公共団体や政策金融機関への貸付120兆円なども含まれており、単純に債務返済に充てることのできる資産とは言えないものもかなりあります。国有地や庁舎などの国有財産や、独立行政法人等への出資金を全部売却しても100兆円も出てきません。「成長戦略」の心もとなさを考えると、増税なしに財政再建するのは困難であると私も思います。人口も減っていくことを考えれば一人あたりの債務残高(一人あたりの資産という表現にもなり得る:後述)は何も手を打たなければ増えていきます。
将来高齢者がさらに増え、少子化が改善されないとなれば社会保障費の修正も先送りできません。一般会計の税収が初めて減ったは、記憶に新しい1992年度のバブル崩壊時ですが、減税などの経済へのテコ入れを行ったものの、失われた20年と言われるように景気が浮上することはありませんでした。しかしその後も歳出は高度成長の延長で肥大化し、この大きな債務残高を生んだわけです。選挙の折に減税やバラマキを行い、その傷を深めていきました。市場原理で退出されるべき産業や企業が税金投入によって保護されました。そのツケを払う時が遅すぎましたが、まだ手遅れではありません。
一方、財政赤字そのものを大問題としない考え方も存在します。その理論は1100兆円の債務の引き受け先は90%以上が日本国民であって、その国民にとっては資産であるから問題ないという主張です。国民の資産は1600兆円。このうち半分は庶民が銀行に預けてある預金です。この個人資産が直接・間接に国債を買い支えているという構図ですが、私にはタコが足を食っている絵に見えてなりません。多くの国債は安定的に保有されているのですが、実際、国債を売買している50%は外国人であり、彼らの値付けが市場で影響力を持ち、ひとたび国債暴落・金利上昇ということになれば、たちまち日本国民はパニックに陥るのではないでしょうか。
私は経済同友会の提言に基本的に賛成です。消費増税と法人減税がセットで語られることも多いですが注意を要します。税の直間比率是正と企業の国際競争力の観点からその妥当性が論じられますが、昨今の巨大企業の税金逃れを見るにつけ、これは国際的な取り組みをしないと解決が難しい問題であると感じます。個人税収に関しては、マイナンバー制の導入が決まっています。セキュリティは大丈夫なのかといったネガティブな意見もありますが、税負担の公平性と捕捉範囲の拡大という観点から、取りやすいところから取る運用は是正されなければなりません。社会保障費削減に関しては、やっとジェネリック薬品が浸透してきましたが、危険性の少ない一般薬は処方箋なしでも買えるよう法律の見直しをお願いしたいですね。病院が健康な高齢者のサロンと化してしまうのは看過できません。しかるべき自己負担をして国民一人一人がコスト意識を持たなければなりません。現役世代と高齢世代で自己負担が違うのは違和感が拭えないですね。一般的な病気の治療に対して一律3割負担は妥当であろうと思います。自己管理可能な範囲の疾病は自己責任の範疇であって、必要以上の国の施しは不要です。現年金制度に関しては、ほぼ破綻していると言わざるを得ません。国民年金保険料の納付率60%というのは、NHKの受信料不払い25%よりも状態が悪いですが、両制度とも根本的に変えるべきでしょう。社会保険庁の杜撰さは許しがたいものがありますが、覆水盆に返らずです。当面豊かな高齢者層と貧しい若年層の格差是正の為に、高所得高齢者には新制度創設まで次世代への支援をお願いできないでしょうか。財政再建やら国債暴落やら中身の論議は論議として、ひとえにこれ以上次世代へツケを回さないようにという願いからの訴えです。
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