早稲田大学国際会議場 井深大記念ホールで、日立製作所前会長の川村隆氏の話を伺った。ちょうど日経新聞の私の履歴書で掲載されている川村氏は、日立が2009年に7873億円の最終赤字を計上し、子会社から呼び戻されて経営の舵取りを任されたのが69歳であった。日立は100年は当時輸入に頼っていた鉱山用掘削機を国産化したことが事業の始まりで、ベンチャー企業であったという。掘削機用のモーターや発電所、運搬用の鉄道を自力で開発し、今10兆円の大企業に成長している。しかし、同業他社と同様にバブル崩壊後の1990年頃から低迷が続き、その低迷は20年にも及んだ。川村氏によれば、その間3回立て直しのチャレンジをしたが、成功しなかったと言う。3兆円あった内部留保は1兆円に減り、今度失敗したら倒産するという危機感があったと言う。
日立が見事に事業転換を果たし、経常利益率10%を現実の目標とし得た今の姿は、①改革の意欲(尋常ならざる危機感 会社には10%ほどしかいない人材)、②外部からの視点を持った人(全く外部では困る、内部事情も知った子会社経験者~川村氏は3人の副社長を子会社から召還した)、③1年間は自身と副社長5人だけで意思決定を行った(川村氏は会長兼社長で最終決断)、によってできたものだと述べた。特に③に関しては32人いた取締役はそれぞれの事業責任を持っており、事業を守ろうとする意識が強い。仲良し共同体の意識が強かった、それが改革の足かせになっていた。今となってはなぜ景気の良い平時に改革が出来なかったのか、自身の副社長時代の反省(社長になって、副社長との違いがあまりにも大きいことを痛感。若い有望人材には小さくても早くから子会社の経験を積ませるべき。従業員に給料がきちんと払えるか、納期遅れで顧客への謝罪をする等の経験を通じて会社の全体像を知る)を込めて話をしていたが、やはり常人では好事の慢心からは逃れられない。川村氏の著書「ザ・ラストマン」にあるように「自分の後ろにはもう誰もいない」という不退転の覚悟で、海外のリストラは1年で、人事労務問題のある国内は4年掛かってやり抜いたそうである。
川村氏は「稼ぐ力」を強調した。稼ぐ力がなければ沈滞していく。日本の中にも「そこそこでいい」とする人がかなりいるようであるが、それでは日本は確実に沈滞していくと。付加価値のバロメーターが利益である。企業としては利益は大事であるが、売上高も大事。売上高は雇用を守る。経常利益率・年成長率・ROEは10%目標。でなければGlobal Competitionでは勝てない。25年前にGEやシーメンス、IBMが行ったPortfolioの転換を日立はやっと緒についたという意味においてはまだCatch Up Modeと言えるかもしれないが、多くの同業が苦境から脱していないことを考えると偉業である。しかし、一方で3Mを訪問した際の開発者との立ち話で、自分の開発した技術が売り上げでどう貢献し、利益でどれだけ貢献しているかを常日頃から認識していることに対して、日立はまだまだそこまでいっていないと語っていた。
川村氏は1時間の講演の中で、「資材調達」という言葉を何度も口にした。これからは得意分野を研ぎ澄まし、ビジネスのオリンピックに出られるように勉強しなければならない。財務でも資材調達でもと、事例を出すたびに「資材調達」という職務に触れた。私は経営者の話を沢山聞いているが、これほど「資材調達」という単語を講演の中で多用した経営者を私は知らない。経営立て直しにおいて、固定費削減・資材費低減は必須であり、それは日立も御多分にもれずということであろうが、トップと資材調達の関係性の強さを想起させる。全世界の従業員をLocal・National・Globalに分けて、職務階級もランク付けした。「資材調達で言えば、1級、2級、3級と付けられている」と事例でそう触れた。そして日本の生産性の低さ、長時間労働に触れて、外国人を管理職に登用することで、これまでのワークスタイルを変えていきたいとも語った。
川村氏は中東でのビジネス体験談として、顧客から「日本人は仕事をきちんとする。仕事が終わった後に掃除をする。掃除が終わったら掃除道具をきちんと片づける」、その精神は契約内容を忠実に守ろうとする意識、その結果として納期を守ることができる、信頼性の高いものができる、という顧客からの信頼感を得ることができ、それらが受注につながったと語った。ビジネスを行う上で、誠実さこそ最大の宝であろうと思う。日本人にはその意識が高い。
経営者が時流を押さえ、成長分野に舵を切り、売上と利益を上げて雇用を守る。従業員が小集団活動よろしくアイデアを出し合い、誠実に働くことで会社貢献する。その両輪が機能することで、ひいては社会貢献につながり、それは関係ステークホルダーが皆、胸を張って自分の仕事や関わりを誇れるPositive Spiraleを生む。
川村氏がNagativeに捉えた「共同体」は傷をなめ合う仲間ではなく、お互いに切磋琢磨する関係であるべきである。であれば、決して否定されるべきものではなく、日本企業の強さの根本にすべきものであろうと私は思う。
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