2014年6月改正労働安全衛生法によって、
1.(50名以上の事業所について)全従業員へのストレスチェック実施
2.高ストレス状態かつ申出を行った従業員への医師面接
3.医師面接後、医師の意見を聴いた上で必要に応じた就業上の措置
の3点が、企業のメンタルヘルス対策強化の大きなポイントとされた。
1.の通称「ストレスチェック義務化」法が2015年12月1日から施行され各企業での対応が慌ただしくなっているようである。様々な企業がストレスチェック義務化対応サービスをセールスプロモーションしているが、本来は上述2.3.の質向上の重要性がもっと語られるべきであり、今改正では「出来るだけ実施することが望ましい努力義務」として定められた「ストレスチェックの集団分析※及びその結果を踏まえた職場環境改善」の後段の職場環境改善に繋げることこそが、企業の活動の重点になるべきであると私は思う。そう考えると、「ストレスチェック義務化」という言葉だけが踊っている今の状況は、非常に表層的対応であると感じると同時に、文字通り誰かに踊らされているのではないかと疑心暗鬼になる。
(※集団分析とは:個人結果がわからないように集計し、職場の一定規模の集団(部、課など)ごとに行うストレス状況の分析だが、ストレスを集団で分析しようとすること自体が正しいアプローチとは思われず、個々人の悩みや孤独感、疎外感など個別ケースにこそ処方のメスを入れなければ、意味がない。組織管理の出来の悪い上司は誰かをあぶりだす意味合いくらいしかない。)
ストレスチェックの義務化の背景として次の4点が挙げられている。
1.年間自殺者数の増加
2013年の日本の自殺者数は27,283人であり、3万人を下回った。しかし依然高水準であり、しかも働き盛り世代の死因の1位が自殺という現状がある。(警察庁「自殺統計」、厚生労働省「人口動態統計」より)
2.精神障害等の労災補償状況
年度により増減はあるものの、請求・認定件数ともに高水準で推移している。2012年の支給決定件数は475件(前年度比150件の増)で、過去最多となっている。(厚生労働省広報より)
3.労働安全衛生法に「質」の視点を
労働安全衛生法では、時間外労働(1カ月あたり100時間を超える)という労働の「量」に対する過重をアセスメントしている。これに加えメンタルヘルス不調には過重労働以外の要因も考えられることから、労働の「質」に対するアセスメントを追加することが必要と考えられる。
4.総合的なメンタルヘルス対策の促進
メンタルヘルスケアに取り組んでいる事業場の割合は増えてはいるものの依然として取組が遅れている企業も多く、総合的なメンタルヘルス対策の促進が必要であると考えられる。
1.の年間自殺者数は1997年24391人から1998年32863人と急増した。その理由は、バブル崩壊以降の企業倒産や不況が生活レベルにまで浸透し、経済的な要因で自殺者が増えたと考えられる(1997年から98年にかけての自殺者数増加率は、自営者 43.8%、被雇用者 39.7%、無職者 31.7%、主婦・主夫 22.5%増となっているのがその裏付けデータ)。上述の通り、2012年より3万人を割り、2003年の34427人をピークに1997年レベルまで漸減してきているので、今更自殺者数を理由にストレスチェック義務化の根拠にはならない。
被雇用者も自殺者増加率は高いが、2.で労災補償支給決定件数の増加は、認定率が上がった(2011年30.3%→2012年39.0%、同自殺の場合:2011年37.5%→45.8%)のが支給決定件数の増加の主な理由であって、社会的に精神障害の労災補償が認知されてきた結果と見るのが妥当ではないかと思う。ここでも過労死などが労災として認定される社会的理解が進んでいることを考えると、やはりストレスチェック義務化の今更感は否めない。
「死ぬ気でやればなんでもできる」といった精神論を振りかざすつもりはないが、グローバル化によって日本の社会も流動化せざるを得ない。終身雇用や年功序列のメリットもないわけではないが、社会の変化は不可避である。個々人が今やりきれない困難に直面しているとしても、社会には様々な可能性があり、受け皿もあるという周知を政官やマスコミももっと喧伝して、転職や新しいことへのチャレンジが可能性を広げるという施策や、その社会的価値観の醸成に力を入れる方が私には効果大と思われる。
日本人間ドック学会が発表した2014年の統計調査報告によると、基本検査の全項目で異常のない受診者は男性で5.5%、女性で8.3%しかいないという。このスーパーノーマルと言われる人たちの比率が年々下がり続けている(1984年には29.8%)原因として、受診者の高齢化や生活習慣病関連の判定基準の厳格化、食習慣の欧米化、身体活動の低下が挙げられているが、普通に仕事や生活をしている人のほとんどが正常でないとされる診断基準は果たして正しいのであろうか?
欧米との比較においても、あるいは昔のデータに依拠する診断基準には問題があると指摘する医師もいる。「第12回欧州栄養学会議」では、うつ病患者の血液データを検査した結果、受診前は高コレステロールの患者は少なかった(約33%)が、3か月以上治療して精神的に元気になってくると高コレステロールの患者が約49%まで増え、結局、治療前よりも治療後は総コレステロール値や尿酸値が上がるというデータが発表されている。うつ状態の患者の多くは疲労困憊で食欲もなく、夜も寝られない生活が続いている。初診の時に血液検査をすると、生活習慣病関連の値が全く正常の方が多いそうである。これらを鑑みると心身のデータを両方総合的に判定していかなければ、正しく個々人を把握できないということになりそうである。
私も例外ではなく、心身共に健康な中年男性として暴飲暴食を繰り返し、適当な運動もしない結果、30歳半ばにして健康診断で高コレステロールと高尿酸と診断された。その後、20数年に渡って薬を飲み続けているが、還暦をまじかに控え、毎日の服用がどれほどの意味があるのかわからなくなる時がある。まるで毎朝使わないと心配になる育毛剤・養毛剤の類と一緒である。詰まるところ究極の個人問題である。こうして考えてみるとストレスチェックのような、会社に義務付ける法律は個々人のことを心配しているというより、医師会の圧力や、製薬会社の商売の臭い、そして政治と経済の癒着を強く感じるのは私だけであろうか?
個々の遺伝子検査によって医療を行う時代を迎え、いまだに会社集団単位で個人の心身の健康を法律で管理しようというのは、個々人の甘えを増長し、金権主義の暴走の片棒を担ぐだけで健全な社会とは言えないのではないか。日本社会主義をそろそろ卒業してもいいのではないかと思うものである。
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