アメリカ大統領選挙が佳境に入ってきました。不人気者同士の対決とメディアに揶揄されたトランプ候補とクリントン候補のどちらが第45代アメリカ合衆国大統領になるのか、国内のみならず、世界でも注目を集めています。
このお二人ともオバマ大統領が進めてきたTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に反対の意向を示しています。共和党の指名候補トランプ氏が反対するのは立場上わかるとして、同じ民主党内でTPP推進の一員であったクリントン氏が選挙戦にあたって、TPP反対を表明したのは、変節してしまったからなのでしょうか?
直近の10月3日接戦州のオハイオで、クリントン氏は「アメリカの労働者にとって不公平な内容で、選挙後も、大統領になっても反対する」と改めて強調し、弱点とされる白人労働者層の支持拡大を図ったとされています。国務長官時代のクリントン氏はTPPを「関税障壁を低くする一方で基準を高め、一段と質の高い成長を後押しする」と述べて推進していました。しかし、交渉中からと言うか、選挙戦を意識した時から「内容には反対していた」と先のTV討論会で述べています。
一方、日本側は、もう一年も前になる昨年10月5日、TPP交渉の大筋合意にこぎつけた甘利(当時)TPP担当大臣が「米国に対してモノを言えるのはやはり日本が一番なので、かなり私も直接に色々なことを申し入れたし、それはある部分、他の国を代表している言葉にもなった」などと自らの努力とその成果を語っています。
どちらにせよ、交渉事で多少のうまくいった、いかないはあって当然で、10戦全勝というのは交渉事には存在しません。個々の案件で譲歩と利得があり、国内向けに総合してうまくいったという各国の総意があって、交渉は妥結します。ゆえに、個々の案件を取り上げて、これは譲歩しすぎ、不利であるということは、どの国にもあって当然のこと。それを国内政局向けに便利に使うのは見苦しいが、それが政治と言えば、それが政治であり、最近のポピュリズムに不安は隠せない。
甘利元大臣はURへの口利き疑惑で、今年2月4日のTPP協定署名に参加できなかったが、この時点で3000ページとも言われる条文が確定したことになる。つまり、交渉に参加したオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、米国、ベトナムの12か国全てが国の名において合意したことになるのである。
参加国の交渉当事者は交渉をまとめ上げたと安堵する一方、その周辺はTPPそのものを政局の道具に使っているだけであって、個々の発言にあまり大きな意味はない。当事者である安倍政権はTPP批准に向けて、麻生財務大臣のG20出席を取りやめて、国会でのTPP早期承認を優先させる意向である。交渉参加国から見れば、アメリカと日本、どちらが信用に値するであろうか。答えは明らかである。
ご存知のように、TPPはその域内の国内総生産(GDP)の合計が85%以上を占める6か国以上の批准があれば、発効出来るという条項が盛り込まれている。12か国のうち、政情不安定などにより数ヵ国が批准出来なくても、域内の60%を占めるアメリカと18%を占める日本、そして少なくとも4か国が批准すれば、自動的に発行されるという保険をかけていたのである。まさか最大国のアメリカがこのような事態になろうとは誰が予想したであろうか。
筆者の想像では、アメリカはこの圧倒的数字を背景に、交渉の中心人物であったフロマン米通商代表が相当有利な交渉を進めたものと推察する。メディア報道の多くが、自国の個別産業への影響を関税率を引合いに損得あるいは経済効果を算出しているが、貿易の結果はそういった数字のみで決定付けられるものではない。言うまでもなく、最終的には価値の高いより良い商品・サービスが消費者に受け入れられるのである。関税のハードルを限りなくZeroに引き下げていけば、なおさらその傾向は顕著になろう。
TPPにおいて、もう一つ見逃せない、かなり重要な意味を持つものが、「内国民待遇」である。「内国民待遇」とは、自国と同様に相手国の企業や人を扱うという規定である。要するに、あらゆる分野の経済活動において、日本政府は相手国の企業や人を自国民と差別して扱ってはならないということである。これを読みかえれば、国民の権利や財産を守る国の法律よりもTPPの規定(条約)が優先されるということであって、TPPに違反(あるいは違反の疑い)があるような案件は、ワシントンにある国際投資紛争解決センター(ICSID)へ持ち込まれ、個人も企業も国の後ろ盾無しに戦わなければならない状況があり得るという事である。
客観的に見て、レイムダックのオバマ政権が次のアメリカ大統領就任の来年1月までに議会承認を得ることは非常に困難な状況で、議会審議及び批准可否はほぼ間違いなく次の大統領の代に委ねられる。
グローバル経済と資本主義は、世界で見ても、国・地域単位で見ても、一部の成功者と大勢の敗者を生むこととなった。TPPの精神もさらなる自由貿易という意味ではその延長線上にあり、世界貿易が活発化したとしても、果実を得るのはやはり一部の賢い人たちだけになる可能性は否めない。いわゆる格差をさらに拡大するだけの結果に終わり、世界をさらなる混沌の世界に引きづり込んでしまうことになるかもしれない。
TPPの批准が正解なのかどうか私はわからない。方向性は正しいとしても、事を急ぎすぎたのかもしれない。BREXITはその一面でもあろうし、いくつかの国で台頭する保護主義の動きも国民の反射的なWaveなのかもしれない。しかし、もしTPPが批准されずに終われば、アジア経済圏の主導はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)日中韓印豪NZの6カ国+ASEAN10か国(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス)に確実に移行するであろう。すると今後成長するアジア地域において、アメリカは中国に主導権を与えることに繋がる。ひいてはアメリカの成長鈍化、そして日本の後ろ盾であるアメリカのアジアにおける存在感の希薄化に繋がる恐れがあろう。個人的にはアメリカが大統領選挙後に冷静かつ賢明なビジョンを堅持して、今後の成長を担うアジア圏に錨を降ろし、かつ不安定要素を深めるアジア地域において一定の存在感を当面は示し続けてもらいたいと思っている。
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