昨年末の報道であるが、(台湾)鴻海・シャープが共同運営する堺ディスプレイプロダクト(SDP)が(韓国)サムスンに対して、2017年中に取引を中断する意向を伝えた。サムスンは全取引のうちの11%に当たる年間500万台分の液晶パネルをSDP及びシャープから調達していたと言われるが、調達する側も、供給する側も大きな変化があったことは間違いない。表向きは価格交渉で折り合いがつかなかったという理由になっているが、取引を中断するというのは、鴻海サイドの供給方針の転換によることが大きかったであろうことは予想できる。
通常、販売側はなるべく供給先を多様に確保しておきたいものである。価格などの諸条件に加えて、今後の成長性やビジネスのベクトル合致度によって数量拡大したり、取引を縮小したりという戦術を打つのが通例である。取引中断というのは個別の条件闘争の結果で発生するようなことではない。本件は条件が合わなかったというより、供給方針を優先した結果であろうと思う。後日の報道でサムスンは、「突然の通告により、2016年末で供給はストップした」と発言している。サムスンは本件に対して、年末12月22日に仲介商社の黒田電気・シャープ・SDPに対して総額4億2900万ドルの損害賠償を求めて国際商業会議所(ICC)に仲裁申し立てを行ったことから、サムスンとしては供給契約の不履行と捉えているであろう。
鴻海は昨年8月正式にシャープを傘下に収めた。その後、早々にシャープが売却した欧米のテレビ事業の買い戻し交渉に乗り出す方針を明らかにした。2014年9月シャープはスロバキアのUMC(Universal Media Corporation)に欧州AV事業におけるシャープブランドを供与する契約を結んだが、買収以後すぐにそのブランドライセンスビジネスの見直しに動いている(追記:UMC社の持ち株会社の株式の56.7%を2月10日付で取得し、子会社化)。2015年に中国海信集団(ハイセンス)に売却した北米および(ブラジルを除く)中南米におけるシャープブランドテレビ事業も買い戻しに動いたが、こちらは海信集団に拒否されてしまっている。1~2年前に売却したものを買い戻すという行為が成立するとは通常考えられない。鴻海の方針は明確だが、現実論としてすぐに買い戻せるものではないだろう。
時代は遡るが、ブラウン管全盛時代の20世紀において、シャープは自社のブラウン管を持っていなかった。アメリカ企業との連携やブラウン管調達などでTV事業を支えていたが、品質やブランドイメージから安売り製品の代名詞であった。当時の町田社長は「ブラウン管TVを全て液晶に置き換える」という大号令の下、2001年に液晶テレビAQUOSを発売した。翌年には三重県亀山市で第6世代パネルの工場建設を行う発表を行い、2005年には第8世代パネル建設発表、2009年には今もって世界最大の第10世代パネル工場を片山社長時代に堺市で立ち上げた。
シャープの液晶テレビは「世界の亀山」パネルを使った純国産液晶テレビとして国内においては10年以上もシェア40%以上を維持してきた。しかし、海外では全く販売が伸びず、それが大きな誤算となって巨大投資の償却費が重くのしかかり、シャープ転落へのトリガーとなったことは否めない。結果論ではあるが、パネルへの投資とTVの世界シェア拡大の歯車がずれていた。また、第6世代~第8世代~第10世代という進化は純粋な意味においての技術革新ではなく、生産技術の確立による生産コストの低減であって、想定通り液晶テレビの大型化が進まなければ、稼働率が上がらないという欠陥を初めから有していた。
鴻海・郭台銘董事長とは過去何回かビジネスで関わったことがある。郭董事長の韓国嫌いは有名であるが、事あるごとに日系企業に対してこう秋波を送っていた。「技術力の日本企業と生産力の鴻海が手を握れば、韓国企業に必ず勝てる」と。鴻海は様々な日本企業と連携していったが、最終的にはシャープというブランドと日本の技術力を手にしたことになる。
また、郭董事長はソフトバンク孫氏からの要請で、トランプ大統領へのリップサービスとも取れる発言をしている。つまり、米国における雇用創出のために、米国で液晶パネル工場を検討すると新大統領に伝えている。鴻海は昨年末、既に中国広州で世界最大級の液晶パネル工場を新設することを発表している。また、今後需要が急拡大すると期待されるインドでも液晶パネル工場の建設を検討中と年明け早々に報道された。実際投資のタイミングにもよるが、果たして投資と販売の両輪はうまく回っていくのか、旧シャープと同じ轍を踏むのか。
鴻海のTV販売戦略とパネル供給戦略がひとつの方針の下、行われるというのは、日本の大企業においては実際なかなか行われない。事業本部制の下、各事業本部(あるいはカンパニー)の事業最適が最優先され、事業本部業績の総和がグループ業績となっている場合がほとんであろう。グループとしての大方針から事業方針が導かれることは稀といってよい。創業者企業の強みがどこまで大企業の中で機能し成就するか、鴻海の今後の展開から目が離せない。
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