ベネズエラは、南アメリカ北部に位置する連邦共和制社会主義国家である。北はカリブ海、大西洋に面しており、カリブ海世界の一員でもある。南アメリカ大陸でも指折りの自然の宝庫として知られており、原油埋蔵量は2977億バレルと世界一である。2000年代初め頃までは南米でも屈指の裕福な国であったが、原油価格の下落や政府の失策などにより経済状況が急速に悪化し、多くの国民が貧困に喘ぐ事態となった。2010年代に入ってからは急激なインフレが進み、市民生活は更に混乱に陥ることとなり、まさに危機的状況にあると報じられている。
なぜ、裕福だったベネズエラがこのような状況に陥ってしまったのか、大いに興味をそそられたのが、このブログを書くに至った理由である。
ベネズエラがスペインの植民地から独立を果たしたのは、1830年のことである。その後、幾度となくクーデターが発生し、軍事政権が入れ替わり立ち替わり政権運営を行ったが、いずれも長続きはせず、国民は圧政と貧困に苦しんでいた。
そんなベネズエラで油田が発見されたのは1913年のことである。1926年に石油が大の輸出品となって以来、ベネズエラの政府も国民も天の恵みである石油資源にのみ依存する体質となっていった。
ベネズエラで初めて民主的な選挙が行われたのは1959年のことで、これにより民主行動党の創設者であるロムロ・ベタンクール大統領が誕生した。ベタンクール大統領は元々共産党の指導者であったが、就任時には転向しており、当時のドミニカやキューバといった左翼政権とは敵対関係となり、国内においては度重なる左翼ゲリラの蜂起に苦しむことになった。
その後、ゲリラへの恩赦という妥協策を経て、民主行動党とキリスト教社会党が、二大政党制の下で対話とコンセンサスの政治文化を醸成し、漸く代議制民主主義を根づかせることに成功した。しかし、この40年間にわたる政治安定は、権力者の不正蓄財と政党政治家の腐敗を生み、国民の不満が徐々に拡大していくこととなる。
この政治安定期の半ば、1974年に政権に就いた民主行動党のペレス大統領は、原油急騰による潤沢なオイルダラーを背景に脱石油を目指す大型の国家プロジェクトを推進し、鉄鋼業や石油産業を国有化するとともに、労働者を優遇する種々の社会政策(バラマキ)を行った。これが放漫財政をもたらし、財政赤字と累積債務という問題を積み上げてしまうこととなってしまった。明らかに政治家の失政である。そして次期エレラ政権下の1983年には、遂に通貨切り下げと為替管理を余儀なくされる。さらに1989年には、バス料金の引き上げ等一連の引き締め政策に抗議する市民による商店への略奪を伴った一大暴動に至る。
こうした国民の不満を追い風にして、クーデター首謀者から1999年に大統領に就任したウゴ・チャベスは、反米的なキューバ、ボリビア、エクアドル、ニカラグア、中華人民共和国、ロシア、イランとの友好的な関係を強化し、社会主義政権の基盤を確立していった。
当初は、富裕層の所有メディアにより反チャベス的な内容のものが報道されることが多かったが、チャベス政権成立以降、チャベス大統領に批判的な放送局が閉鎖に追いやられたりするなど独裁色が強められた。
しかし、反市場原理主義・反新自由主義を鮮明に掲げ、「21世紀の社会主義」を標榜して進めたチャベスの貧困層底上げ政策は、表面的なものに留まり全く成果を生むことはなかった。
2013年3月5日のチャベス大統領の死によって「21世紀の社会主義」路線は幕を閉じたかに見えた。事実、2015年議会選挙では、米国などが支援する中道の反チャベス派連合である民主統一会議が勝利し、議会の主導権を握ったからである。
しかし、親米・新自由主義へのかじ取り転換は実現していない。チャベス派のマドゥロ大統領の任期が2019年まであるからである。
マドゥロ政権下においては国際的な原油価格の低下と価格統制の失敗により、チャベス時代から進行していたインフレーションがさらに激化し、今年は既に720%に達している。議会とマドゥロ政権の対立は激しくなり、今年3月にはマドゥロ政権に近いベネズエラ最高裁判所が議会の立法権を剥奪し、裁判所が立法権を掌握すると発表した。しかし、この決定は野党や南米諸国をはじめとする各国からの批判を浴び、撤回に追い込まれることとなる。
それ以降今日まで、反政府デモとそれに対する鎮圧が頻発しており、凶悪犯罪発生率も世界最悪を極め、メキシコのNGOが発表した「世界で最も危険な都市ランキング」では首都カラカスがワースト1位になっている。
信じられないことだが、原油の埋蔵量で世界一のベネズエラが、今や原油を輸入している。食料やトイレットペーパー、紙おむつ、薬などのあらゆる必需品の不足も深刻を極めている。
マドゥロ大統領は来年の大統領選挙に向けて、自身の有利になるような憲法改正を目論んでおり、その準備委員会に自身を支持するメンバーで固めようと躍起になっている。
こうした中、5月にGMはベネズエラ事業を連結対象から除外すると発表した。同社のベネズエラ工場は4月下旬に当局に差し押さえられ、事業を継続できなくなっており、その損害を1億US$と算定している。
ニューズウィークが伝えたところによると、「政府が商品を差し押さえて、勝手に売りさばく」「医療現場では投与する薬がなく、患者は血だまりで横たわる」「電力不足が深刻で公務員は週2日の出勤に制限された」「紙不足で新聞が刷れないばかりか、紙幣も増刷できない」「食料店を狙った略奪は日常茶飯事」。地球の裏側では想像を絶する事態が進行しているのである。しかし、この事態は決して対岸の火事とは言い切れない。慢心とは気づいた時に手遅れなことが多いからである。
コメント