近い将来、汎用AIや汎用ロボットの実社会への導入が進んでいき、人間の労働の大部分がそれに置き換えられることになると、その経済へのインパクトは計り知れないものになると言われています。これまでもAIやロボットの実社会への導入は進んできてはいましたが、それは特定のタスクをこなすための特化型AIであり、特化型ロボットでした。AIが将棋のプロに勝つようになったり、工場での産業ロボット導入が盛んに行われたりしていますが、基本的にそれらはひとつのタスクをこなすように設計されています。プログラミングすれば応用的な使い方はできますが、将棋AIがホテルの受付をこなすわけではありませんし、工場の溶接ロボットが介護をしてくれるわけではありません。
非営利組織「全脳アーキテクチャ・イニシアティブ」によると、汎用AIは2030年には実現の目途がたっていると想定されています。レベル4の完全自動運転が地域限定とは言え、2020年に実用化するといったNewsと合わせても、確実にかつ着実にこれまでの労働はAI・ロボットに取って代わられる時代がすぐそこまで来ています。
汎用AIや汎用ロボットのコストが人間の賃金を下回れば、雇用主は人間の代わりに汎用AIや汎用ロボットを雇用します。そしてそれら汎用AI・ロボットは労働生産性を高め、つまりはGDPを高め、ひいては一人一人の生産性向上とは無関係に、一人当たりの国民所得を押し上げます。
経営の三要素は「人、物、金」と言われますが、そのヒトの占める割合が相対的に低下していきます。近年は技術の重視やICTの発達などにより、「技術」「情報」を経営要素に加えるべきだと言う意見もあるそうですが、それら二つは勿論、汎用AIや汎用ロボットの得意な分野です。
昨今でも、AIやロボット技術の進展による失業率が問題とされていますが、将来は労働しなくてもGDPは上がっていくことになります。その結果、一人当たりの国民所得も上がっていきますが、その貢献の多くは汎用AIや汎用ロボットによるものになるでしょう。つまり、人間が働かなくても全体の国民所得は上がっていくのです。私世代より上の日本人の労働観では「働かざる者食うべからず」という概念がしみ込んでいますが、働かなくても国民所得は十分にある、いやむしろ働く必要がなくなるという事態が発生するのです。そして、既にその兆候は社会に現れてきています。
スイスでは昨年6月にベーシックインカムを導入すべきかどうかの国民投票が行われました。結果は反対多数で否決されましたが、それでも23%の人が賛成票を投じました。ベーシックインカムを訳せば、「基本所得」。つまり国民すべてに基本所得を保障しようという考え方です。スイスで行われた国民投票の内容は大人一人に毎月2500スイスフラン(約28万円)、子供一人に625スイスフラン(約7万円)を給付して、基本的な生活を保障しましょうという考え方です。生活保護と異なる点は「国民すべてに」という点です。日本でも生活保護世帯には給付がなされていますが、一部にはポルシェに乗って生活保護を受けているなどと報道されているケースがあるように、必ずしも公平な判定・運用になっているとは言い難く、それをさらに徹底するにはかなりの行政コストが掛かってきます。国民に分け隔てなく給付するということになれば、そういった行政コストは非常に低くなるでしょう。
フィンランドでも実験的な試みではありますが、2000人の失業者に月7万円弱の給付を今年始めました。つまり今はMinorityである失業対策の対象が、今後は汎用AIや汎用ロボットの実用化によって、将来Majorityになっていくことを想定した社会構造を構想しなければならない段階にきているのです。
このベーシックインカムの原資はどこから持ってきたらいいのでしょうか。既に所得格差の問題は世界的に軋みを見せてきており、トランプ大統領の誕生はそういった背景と無縁ではありません。貧困撲滅に取り組む国際NGO「オックスファム」は2015年に既に、世界人口の最富裕層にあたる1%が、世界にある資産の48%を握っているという報告書を発表していますし、世界で最も裕福な80人の資産額は、下位半数にあたる35億人の資産総額とほぼ同じという報告もされています。汎用AIや汎用ロボットの進展はその状況に拍車をかけることは間違いありません。その富裕層がベーシックインカムの概念を受け入れ、彼らの余りある所得を増税という形で回収し、それを再配分の原資としない限り、ベーシックインカムの考えは実現しません。そんな提案を富裕層が受け入れるはずがないように思えますが、民主主義国家であれば、金持ちの一票も、貧困者の一票も同じ重みですから、最終的にはMajorityが制することになるでしょう。それがいつなのか、それまでの間にどんな駆け引きがあり、何が起きるのかは全て想像できませんが、民主主義が維持されるならば、その結果はベーシックインカムという着地点に行かざるを得ないでしょう。なぜなら、汎用AIや汎用ロボットは生産活動をしてはくれますが、消費活動は行ってくれません。産業資本家も消費行動を行ってくれる人間を無視しては自らのビジネスが拡大成長しないということに気づかざるを得ないからです。
ベーシックインカムを生活保障と捉えるか、人間を労働から解放し、人間の尊厳を回復してくれるものになるのかは、宗教観と相まって国家間でも違いを見せることでしょう。日本の「働き方改革」の延長には「労働への従属」からの解放という意味合いも持つことでしょう。しかし、人によっては「労働からの排除」と捉える人も出てくるでしょう。毎日暇で何もすることがないというのも苦痛と感じる人は少なくないでしょう。
汎用AIや汎用ロボットの実社会への導入は確実に進んでいきます。人間の生きる意味、価値観、人生観を揺さぶる現象が起きていることに、あらゆる人が無関心ではいられるはずがありません。
(2018年10月9日追記:フィンランドのベーシックインカムの試みは2年で終わり、新しい制度に切り替わるとの報道。失業者は失業して3カ月以内に週最低18時間の雇用又は職業訓練プログラムに参加することを義務づけ、仕事に就かない場合には失業手当や社会保障が逆に減額されることになるそうです。カナダのオンタリオ州で行われていた同様の実験は3年継続の予定であったが、政権交代により1年を経たずに中止を決定。理由は多額の費用が掛かりすぎるとのことであった)
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