関西電力(以下関電)の会長や社長など経営幹部6人が、関電の原子力発電所がある福井県高浜町の森山元助役から、合わせておよそ1億8000万円の資金を一時、受け取り、税務当局からの指摘を受けて、所得税の修正申告をしていたと報道されたのは2019年9月27日のことである。その日の岩根社長による記者会見で、過去7年間に20人が3億2000万円の金品を受け取っていたことが明らかになった。そして、「社内調査の結果、私を含めた役員・社員の一部が、良識の範囲を超える金品については受け取りを拒んだり返却を申し出たものの、強く拒絶されるなど返却困難な状況があったことから、返却の機会をうかがいながら一時的に各個人の管理下で保管していた。現在までに、儀礼の範囲内のものなどを除いてすでに返却を行っていることを確認した」と説明した。続けて「また発注等、当社の業務に関する問題がないことを確認しているが、コンプライアンス上疑義を持たれかねないものと考えており、本件を厳粛に受け止めている。今後二度とこのようなことが起こらないよう、コンプライアンスの徹底に努めていく」と述べた。翌日の日経新聞には「関電、法令順守の欠如露呈」との見出しが踊ったが、後日の社長の「就任祝いとしてもらったお菓子の下に金貨が入っていた」などという説明はお代官と越後屋の陳腐な時代劇を想像させ笑うしかなかった。
2018年7~9月に社内調査委員会が調べた結果、「不適切だが違法ではない」と判断。返却は事実上個人任せとなっていたことも明らかにした。調査委が発足したのは、金沢国税局が税務調査で元助役から金品が関電役員らに流れていることが指摘されたからで、そうでなければうやむやになっていたことは想像に難くない。実際、調査委の調査対象が2011年以降なのは、国税庁の指摘のあった期間に合わせたためで、それ以前は不明としていることからそのことが伺える。公表についてももっと早い段階ですることはできたし、公益性の高い電力事業者であれば、尚更すべきであったはずである。
関電が福井県で保有する高浜、美浜、大飯の3原発の運転を統括する原子力事業本部を本店内の大阪から美浜に移転したのは2005年のことである。事業本部長は副社長が務めることが慣例になっていた。前2004年8月に美浜原発3号機で11人が死傷する蒸気漏れ事故があり、全原発が停止。県に再稼働の条件として地域対応の強化を求められ、原子力事業本部を移転したが、結果的には地元との癒着が進んでしまった感がある。八木現会長は翌2006年6月に原子力事業本部長代理に就任し、「着任して元助役を紹介され、金品を渡されるようになった」と証言している。その意味でも「本件を厳粛に受け止めている」ならば、調査委の調査は少なくとも2005年から始めていかなければならない。
元助役は2019年3月に死亡しているが、死人に口なしとなった半年後に公表ということも気になるところではあるし、公表後もメディアが報道するまでは森山氏の名前を自ら明かしてはいない。その後の経産省の指導を受けて、原子力以外の全部門で調査をする方針を打ち出したが、行政から指導を受けなければ調査をしないという姿勢は今もって全くコンプラ意識が欠如しているとしか言いようがない。
2011年に九州電力において、玄海原発2,3号機の運転再開を巡り、社員が一般市民を装い再稼働を支持するメールを送っていたことが表面化し、過去に遡って佐賀県と九電の深いつながりが問題視され、当時の社長と会長が退任した事件があった。その後を継いだ瓜生社長はコンプラ遵守を厳格化、中元や歳暮の受け取りを禁止し、外部から疑われる行為自体も止めるように毎年社員に通達を出している。本当に関電にコンプラ意識があれば、この時期にも膿み出しをすることが可能であったはずである。
関電の筆頭株主である大阪市の松井市長は「金品を受け取っていた人全員が責任を取るべきだ」「会見の内容に関わらず代わってもらうのは当然」と10月1日に記者団に述べた。会見の内容次第では株主代表訴訟も視野に入れるとする。関電は翌2日の記者会見で豊松元副社長と鈴木常務が1億円超え相当の金品を受け取っていたと公表。常識では考えられない金額であり、スーツ仕立券以外はほぼ返却済みとしているが、ほぼ半額は税務調査後のことである。元助役が顧問であった建設会社「吉田開発」には入札を伴わない「特命発注」が2014年以降増えており、同社は元助役に3億円の手数料を払っている。福井県幹部にも元助役から就任祝いの贈答品が送られていたことが確認されており、「原発マネー」の還流が疑われても仕方がない構図が浮かび上がってきている。
地域産業の活性化を支援するとして「県内取引先への工事発注と物品購入の拡大」を掲げることは結構なことである。だからこそ取引の透明性が求められる。法外な金品を受け取っておいて、「工事発注とは関係がなく、発注プロセスや金額は適正だったと考えている」と岩根社長は社内ルールの逸脱はないと説明したが、到底理解が得られるものではない。後日、会長の辞任と社長の第三者委員会の調査報告を待っての辞任が報道されたが、辞任で片が付く話ではない。再発防止策をどのように取るかが課題である。以前の総会屋問題を見るような思いである。
多くの新聞紙上でもコンプライアンスを法令順守と同義で記事を書いているが、そもそもコンプライアンスとは法的責任のみならず、倫理的責任を包含するものである。取引においてはその透明性はもとより、公正な取引、公平な情報提供を求められているのである。元助役に工事の発注予定や概算金額の情報提供を秘かに行っていたとすれば、コンプライアンス違反なのである。収賄罪や特別背任罪に問われなければ何をやってもよいということではない。「法律さえ守ればいい、ルールさえ守ればいい」という考え方は、逆に「法律やルールがなければ何をやってもいい」という考え方に至る恐れを含んでいる。毎日の生活に生き死にが関わっているならまだしも、そうでない時代に生きている多くの人たちは変化が激しい時代、そして多様性を求め認める社会に生きている。そういった時代はルールや法律は常に後追いなので、自らの道徳や倫理といった価値観に従って物事を判断し、行動をしなければ、のちのち不祥事に巻き込まれたり、不誠実という汚名を着せられる時代なのである。巨大IT会社となったGoogleへの風当たりは昨今厳しいものがあるが、彼らの社是「Don’t be Evil(邪悪にならない)」は出色の行動規範である。昨年「Do the right thing.(正しいことをしよう)」に修正されたらしい。残念である。
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