アメリカ大統領選挙と民主主義の行方

2020年のアメリカ大統領選挙はバイデン候補が270超を獲得し、78歳という歴代最高齢の第46代大統領に就任することが決定的となった。トランプ大統領は選挙の不正を訴え法廷闘争に持ち込もうとしているが、相変わらずツイート調で、提訴できるほどの証拠を提示できないでいる。事前の選挙予測では常にバイデン氏がリードしていたが、4年前のような「隠れトランプ支持者」が顕れてデジャブとなる可能性も少なからず報じられた。事実、選挙中盤ではトランプ氏が激戦州といわれるフロリダやオハイオを押さえ、トランプ氏再選ほぼ決まりと発言するコメンテーターもあった。そのコメンテーターは今どのような気持ちでいるのだろうか。

いずれにせよこの4年間のトランプ大統領の政権運営に対する評価が下された。Four more yearsか、No more Trumpかという選択の選挙であったと言えよう。経済面では実績を上げ、低賃金労働者の賃金は5%ほど上がり、株価も上昇した。しかし、治安維持と人種差別問題のはざまで、Black Lives Matterに代表されるような国内における分断を煽ってしまったことは否めない。アメリカ第一主義を声高に叫び、国際協調主義を否定した二国間交渉を前面に押し出した結果、TPP協定から脱退し、パリ協定からも離脱宣言した。

民主党バイデン新大統領は、これまでTPP協定への支持を表明しており、パリ協定にも再加盟の意向を示している。世界最強国であるアメリカ抜きの国際秩序構築は現時点では現実味がないので、同盟国の多くの国々がアメリカの国際協調へのカムバックを歓迎することであろう。新政権は既に体制づくりに着手しており、どのような人物を登用するかで同盟国日本との関係や敵対する中国との関係の将来像が浮き彫りになっていくことであろう。その点では、上院の勢力図がどうなるかは注目しなければならない。下院は民主党が議席数を失うも過半数は維持しよう。上院で共和党が過半数を握れば、バイデン政権推挙の閣僚が拒否権行使によって任命されないということも起きる。ねじれによって縛りを受けることになれば、バイデン政権がどのような外交を展開するかは日本にも大きく影響する。オバマ政権時代に中国は変わり得るという理想主義のもとで行われた対中政策によって、中国は韜光養晦(とうこうようかい)から奮発有為(勇んで事をなす)に大転換し隣国並びに世界平和にとって大きな脅威となっている。日本はいつまでも日米同盟を基軸になどと呑気なことは言ってられない。

今回のブログで注目したいのは、アメリカのみならず多くの国でアメリカ的状況が拡大していることである。当のアメリカにおいてさえ、バイデン氏が正式に大統領に就任する来年1月20日までにはまだまだ予想できない状況が発生することも考えられる。

最近、注目を浴びたV-DEM(バラエティー・オブ・デモクラシー)の2020年次報告書によるとデモクラシー(民主主義)国は2010年のピーク時98か国(全体の55%)から減少し87か国(48%)にまで低下したと報告している。人口比でも民主主義国家は46%と過半数を割り、26か国において去年より民主主義が後退し民主主義の危機に警鐘を鳴らしている。

具体的には独裁専制国家に属す人々は26億人(35%)。EU内から初めて非民主主義国家に格付けされたハンガリーではオルバン政権が選挙制度を自分に有利に変え、批判的メディアに圧力を強めるなど独裁体制を固めつつある。他にもブラジル、インド、アメリカ、トルコなどで専制化が進んでいると分析報告している。

昨今、独占禁止法問題で揺れるGAFAなど巨大IT企業は情報の独占、支配、ことによっては世論操作をも可能になった。国家よりも個人情報を蓄積し、分析し、ビジネスに活用している。ある意味、国家より強大な力を有していることは明らかで、国家がその存在に脅威を感ずるのは当然のことであろう。GAFA等に対応上、国家監視体制を強化している国が増えてきていることも望ましいこととは思えないが、理解できないわけではない。GAFAが構築したプラットフォームから派生する、いわゆるSNSが民主主義の危機を生み出していると言ったら奇妙に感じるだろうか。

ネットワーク時代が幕を開ける前は、新聞やテレビなどのオールド・メディアが世論形成に大きな影響力を及ぼしてきた。見識のある論説委員やコラムニストが事実を精査して記事を載せる新聞や速報性の高いテレビニュースを大方の民衆は信じてきた。しかし、そういったオールド・メディアが発行部数や視聴率といった商業主義に走った結果、自ら信頼を失い、質の低下によりミスを訂正するが多く見られるようなり、時にはフェーク・ニュース呼ばわりされるようにまでその地位を失墜させてしまった。ヒラリー・クリントンも4年前は大層有利と言われていたが、エリートは口ばっかりで取り繕っているだけ、とても信用できないという予想以上の数のヒラリー嫌いに反旗を翻され、史上初の女性大統領の座を射止めることはできなかった。本音か勝つための戦略かはわからないが、時に暴言を吐くトランプの方が信用できると世論を引き寄せたのもマスコミが信用できなくなってしまったことと無縁ではないだろう。

SNSの進展により、誰でも情報の発信者になれるようになった。実際に情報発信している人は少ないかもしれないが、SNSを通じて情報を取得する若者は圧倒的に増えた。SNS情報は高度なアルゴリズムによって個々人向けの情報を選別して大量に流し込まれる。それらは彼らにとって「お気に入り」とも言えるものであり、その人向けに最適化されたニュースや情報、意見である。スマホを通じて送り届けられる情報は、その人の考えや思いを補強することはあっても、反対の意見や情報は目の前にあらわれることはない。こうして民衆の体制は加速度的に二極化に向かい、今日目にするアメリカ大統領選挙のような熱狂につながる。投票率は毎回50%台そこそこの数字であったが、今年は67%と100年ぶりの高水準という。これが本当の姿なのか、不正投票を含む数字なのか、選挙結果が決まればうやむやになってしまうことであろう。

企業にあっては、旧来は顧客や顧客候補に対して情報発信する場合、信頼のおけるメディアを介して、時に大手の広告代理店の力を利用して行っていた。ここまでメディアの質が落ち、信頼が無くなってくるとメディアにおもねって情報番組に登場させてもらう必要もなくなってくる。トヨタほどの大手になれば、「トヨタイムス」で自社から直接、何のバイアスも余計なアドバイスもされることなく、社会や顧客に社長の肉声や社のビジョン、将来の製品コンセプトなどを発信することができ、質とコストの両方を改善すことができるようになっている。このような戦略は自社の社員との距離感よりトヨタファンとの連携をより強くしているに違いない。

電車に乗っていてもほとんどの人がスマホを離さず見ている。完全にオールド・メディアは駆逐され、ネットメディアの時代になった。人によってはスマホだけが孤独感を癒してくれる友達かもしれない。スマホの楽しみ方は人それぞれだが、その中毒性に知らず知らずのうちに侵されていく人達も少なくないであろう。個人個人が情報の発信力をつけることは民主主義にとって望ましいことであるはずだが、それが社会の分断を先鋭化することになってしまっては、独裁専制政治の入り込む隙間を作ってしまうことも我々はよくよく知るべきである。様々な立場の人がいて、様々な意見があることに無頓着にならず、個々人の情報リテラシーを高めなければ民主主義は容易に独裁専制に道を譲ってしまうほど脆いものだということを今一度肝に銘じたい。

(習氏がバイデン氏よりも早くTPP参加に言及したのには驚いた。アメリカ大統領選挙の混乱期を狙って抜け目ない中国を再確認:11月21日追記)

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