魚は誰のものか

子供のころ食卓には魚が並ぶことが多かった。新潟の海っぺりに住んでいたので、新鮮な海産物が安く手に入ったことが理由であろうが、私は子供のころ魚はあまり好きではなかった。煮たカレイや糸こんにゃくとタラの親子煮などが記憶に残っているが、子供のころは肉の方が食べたかった。一口に肉といっても給食に出るような肉は脂身の多い豚肉の細切れが多く、残すとダメということで飲み込むように食べていた悪夢が蘇る。すき焼きもたまに食卓に出たが、何の肉だったのか記憶は定かではない。自分で稼ぐようになってからは、稼ぎに応じて舌でとろけるような牛肉やジビエ等も食べることができるようになったが、50も半ばを超えるようになるとサシの入った霜降りより赤身の方を好むようになった。そして、今はもっぱら魚を好むようになり、子供のころ苦手だった煮魚やシンプルに塩だけで焼いた焼き魚が好物となっている。昔、安価に手に入ったであろう魚類は世界、特に中国の需要増に伴い価格が上昇し、かつて庶民の味方と言われていたサンマやイワシなども手が届かなくなり、せいぜい冷凍可能な干物が食卓にあがる程度の時代になってしまった(サンマの値段は30年前の2倍)。以前は肉を食べられる家が裕福であったが、今や魚を食べられる家の方が裕福であろう。消費量で見ると2011年に肉類が魚介類を初めて上回り、その後も差が広がっている。いつ頃から魚は肉より高級になったのであろうか。

以前このブログでも書いたが、日本は世界6位の面積を持つ歴とした海洋国家である。日本の排他的経済水域(EEZ)の面積(約447万㎢)はアメリカや中国、ブラジルといった大国の陸地面積の約半分に相当する。メタンハイドレードや石油、レアメタルなど海底資源の可能性を大いに秘めていることも述べた。
海洋大国日本の漁獲高を見てみると、平成30年(2018年)は442万トンで生産量ピークの昭和59年(1984年)1282万トンと比較すると1/3近くまで減少している。冒頭の私の子供時代は700万トン前後であったので、その頃よりもかなり少ない漁獲量となっている。それでは魚の値段が上がるのも無理からぬことと思われるが、日本はかなりの量の海産物を輸入している。統計としては1年ずれてしまうが、2017年の水産物の輸入量は248万トン(上位はサケ・マス類、エビ、マグロ・カジキ類)。一方の輸出量は60万トン(上位はホタテガイ、真珠)となっている。輸出量第一位のホタテガイは殻付きで中国に輸出され、殻をむいた後に主に消費国米国に輸出される。米国では資源保護のためにホタテの漁獲規制が行われ、米国内での供給量が激減したため、日本などからの間接輸入を急増させたと見られている。真珠は言うまでもなくジュエリーとして香港などに輸出されるが、実は世界で流通する真珠の約70%の選別・加工が神戸で行われているということは意外に知られていない。

余談になってしまったが、上記の数字をざっくりと計算すると日本で食されている海産物の4割は輸入に頼っているというのが実態である。世界の漁獲量は年々増加の一途を辿り過去60年間で約7倍にもなった一方で、日本の漁獲量は先に述べたように1984年をピークに下降を続け60年前より少なくなってしまっている。日本の一人当たりの食用魚介類の消費量は2000年から4割減少している。

日本の漁業形態には⓵遠洋漁業(大型漁船で長い日数をかけて大西洋や太平洋、インド洋などでマグロやカツオを獲る)⓶沖合漁業(中型漁船で2~3日かけてイワシ、サンマ、サバ、アジ、エビ、タコ、ズワイガニを獲る)⓷沿岸漁業(小型漁船で日帰りで行う家族経営)の3つがある。1977年頃から世界各地で沿岸から200海里(約370㎞)の水域で外国船は勝手に入って漁業をしてはいけないというルールが広がり、かつて全体の4割を占めていた遠洋漁業が1割に減ってしまったことが日本の漁獲量の減少の理由のひとつである。その一部は沖合漁業に活路を求めたものの減少傾向を補うには及ばずピーク時の半減。沿岸漁業は沿岸開発による水産生物の減少や、サケやマスの回帰率の低下などの理由もあり、養殖に力を入れているものの現状維持が精一杯。結局、前述の漁獲量全体の減少に歯止めがかかっていない。もうひとつの大きな理由は漁業就業者及び漁船の高齢化である。65歳以上が最も多く、沿岸漁業においては75歳以上の人も大勢いて、若い人の漁業への関心は高まってきてはいるものの、まだまだ少数と言わざるを得ない(39歳以下は18%ほど)。養殖業に期待は集まるものの種苗や飼料の入手といった制限要因のハードルも高い。

そもそも魚は誰のものか? 海には「公海」と「領海」という考え方がある。公海というのはどの国にも属さない、誰もが自由に行き来したり、魚を獲ったりできる海のことである。領海というのはその海の近くの国の陸地の続き、つまりその国の領土と同じという考え方である。17世紀終わり頃に領海は海岸から3海里(約5.5㎞)とされた。ところが1945年に、アメリカの近くで発見された海底油田をアメリカが所有するために、領海を12海里(約22㎞)に広げると宣言した。それを契機に各国が海洋資源の重要性に気づき、揉め事が起きるようになったため、「国連海洋法条約」(1982年採択、1994年発効)がつくられ、領海は12海里以内とすることが決定した。
この条約で「排他的経済水域(EEZ)」も決められ、その国が魚や海底資源を獲ったり管理する権利をもつようになる。つまり、水産資源は国または国民の共有財産という定義である。そしてこれを国内法(日本の漁業法)に当てはめると、水産資源は無主物(誰のものでもない)が、民法239条に定める「無主物先占」にあたり、先に取ったものに所有権があるとされている。しかし、これでは資源の先取り競争と乱獲を招くことになってしまうので、何らかの国の管理監督が必要になってくる。漁業従事者にとっても消費者にとっても水産資源の持続可能な利用と水産物の安定供給の実現は共通の願いであるはずであろう。日本では1996年にTAC法(Total Allowable Catch)が成立し、漁獲量が多い、あるいは資源状態が悪い、また近海で外国人により漁獲されている7魚種が漁獲可能量を上回らないように国によって管理されている。

しかし、海は世界とつながっており、世界各国での管理が必要になる。国際連合食糧農業機関(FAO)は世界中の資源評価の結果に基づき、世界の海洋水産資源の状況をまとめており、海洋水産資源を生物学的に持続可能なレベルに維持できるよう活動を行っている。日本を含む北西太平洋地域では24%の水産資源が持続不可能と評価されている。2016年には「違法漁業防止寄港国措置協定」が発効し、取り締まりが強化されているが、日本近海では隣国船の違法操業に悩まされ続けている。

日本のEEZ内では以前から北朝鮮船が違法操業を繰り返していたが、昨今は中国漁船によるイカの違法乱獲が急増している。今日付けで施行される中国の改正海警法により日本漁船は領海での安全操業がこれまで以上に脅かされる事態となる。日中の海域は距離的に200海里の範囲が異なり、EEZの境界線は未画定である。日本政府は地理的に同じ距離にある「日中中間線」を主張する(基本原則のひとつ)が、中国は大陸棚延長(国連大陸棚限界委員会の勧告が必要)によって沖縄近海まで食い込む「管轄海域」を一方的に主張し、強制退去権限を海警法に明記した。これらは明らかに国際法違反であり、「中国海警局をめぐる動向については引き続き高い関心をもって注視していきたい」等と述べる加藤官房長官はこの事態の重大さを認識しておらず、政治家として失格の誹りを免れない。

これまで度重なる中国の国際法を無視した行動に、重要な貿易国である中国を刺激しないよう配慮するのを旨として「はなはだ遺憾である」などと何の効力もない寝言を言い続けている場合ではない。そんな寝言は即刻止めて、中国に対し「厳重抗議」を行い、国際的な法律戦も視野に、中国の対外行動に懸念を持つ多くの国々と連携を深めて、中国包囲網を形成すべきである。さもなくば、海洋大国日本の看板は中国に剝ぎ取られかねず、日本は中国と陸続きでないにも拘らず海洋における「香港化」の餌食になりかねないのである。

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